先輩との会話 其の参
「先輩」
「なんだい?」
「なんなんですか?」
「なにがだい?」
「所々で見かけるロボットですよ」
「ロボットとしか言いようがないね」
「なんというか、そのままですね」
「当然だろう。それ以上の情報は僕にだって君にだって知りようがないんだ」
「……当然だね」
「ああ、当然だ」
屋上は今日も風が吹いている。昨日の雨でそこらかしこに存在する水たまりが風により川のようにささらぐ。錆びた給水塔からは水滴が一粒、落ちてきて、頭の上に落ちてきたときは何とも言えない億劫な気分になる。
スズメが電線の上で鳴く時には、電線が一つゆらりと揺れて、水滴がポタポタポタと幾つも落ちてくる。
空は雨のあとらしく晴れていて、西の方に少し雲が広がっている以外は何とも普遍的な晴れ模様であった。目を凝らすと虹まで見える。
僕は、校庭を見た。ヒューマノイドが闊歩する世界は夢でもなんでなくて、ただ単に現実であった。
登校している途中、何度も自転車でヒューマノイドをよけた。
ヒューマノイドは律儀に信号を守っていて、信号を守れるくらいの頭脳があることが分かった。天から鳥の糞やらが落ちてきても、鉄で重そうな身体とは裏腹に、俊敏な動作でそれをよけていた。上を見ないでも、鳥の糞が落ちてくることを感知できたところは、ロボットらしいが。
ヒューマノイドは最低限の自衛以外は何もしなかった。ただ、現実を、世界を、世界線を、異空間を、僕たちの周りを、歩いているだけだった。
今日は、せめても。
「先輩」
「なんだい?」
「怖くないですか?」
「君らしくもないね。最近は達観していたというのに」
先輩の手からハードカバーの本が床に置かれる。濡れないかと一瞬疑問に思うが、しっかり濡れない場所を選んでいたようだった。
「僕は怖いんですよ。あの機械人形が」
「なんでだい? ただ歩いているだけじゃないか」
「本当にそう思っているんですか?」
「肯定はできないね」
「ですよね」
「そういえば……」
「どうしました?」
「完成したんだって、彼女」
「妹から聞いたんですか?」
「まぁ、メル友だからね……この言葉はもう死語なのかな」
「妹から、そんな話は聞いてないですね。たぶん、死語じゃないですか?」
「妹さん、言いたいことしか言わないからね」
「言いたくないことを言う人ってそんな存在しますか?」
「仕方なく言わなければいけないことなんて、この世にはごまんとあるよ。いくら言いたくても、言えないこともごまんとあるけどね」
「話を戻しますけど、完成させましたよ」
「完成したのかい」
「完成させました」
「……、今度、見せてくれるかい?」
「特に問題はないですけど」
「なら、いいか」
そう先輩はいうと、いつものごとく屋上の隅へと陣取って、先ほどのハードカバーの本を手に取ってから読書を再開した。
「濡れないんですか?」
「慣れてるからね」
「さすが。プロですね」
「人は誰しも使えない特技を一つは持っているしね。僕にとってはそれがこれだったってだけさ」
「なんか僕にも、あるんですかね」
「彼女への思い……かな?」
「先輩には負けます」
「君がそんなことを言ったら空の上で彼女が悲しむよ?」
「……そうですね。以後気を付けます」
僕は、空を見上げた。さすがに空まではヒューマノイドが闊歩することはなく、真上に青空と、西の方に薄灰色の雲が広がっていた。
二三日後に、雷鳴がとどろくかもしれない。
雨の日のあとは晴れやすい。
現に今日も非常に晴れている。
「なんでこんな、晴れてるんですかね」
「さぁ? 僕に聞かれても困る。君の妹なら、嬉々として私が走るためと言いそうだけどね」
「昔の話ですね……最近あいつ、陸上がんばってるのかな」
妹は陸上部である。そして、勉強もそこそこできる。なんという完全な人間であろうか。うらやましい。
「入賞したらしいよ。ちなみに、彼氏未満な子とはそれで仲が急接近だとか」
さらには乙女属性も追加されたようだ。
「そうですか。よかった。村田は死ね。あったことないですけど」
「中々に辛辣だね。シスコンの鏡のようだ」
「僕はシスコンじゃないですよ。周りの人間が周りからいなくなるのが嫌なだけです」
まったくだ。人をシスコン呼ばわりとは先輩も結構ひどい。
「僕も妹さんも、何時かは君の手から離れていくと思うけどねぇ」
「それでも、嫌なんですよ」
ああ、自分の周りから大切な人が離れていく感覚は耐え難い。本当に、もうそんなことを経験したくはない。
「そうかい」
先輩の目線が下に落ち、読書に集中し始めた。全力で文字を追っている。
僕は手持無沙汰になったので、何日も触っていない携帯電話をカバンから取り出した。
「珍しいね」
「時には現代人っぽいことをしたいので」
「プログラミングは過去の遺物なのかい?」
少し答えづらいので、無理やりな話題転換を試みる。
「読書はいいんですか?」
「質問に質問で返さないほうがいいよ?」
なんとも常識的な返答をされてしまった。よし、ならばこちらは非常識で攻めよう。
「いっそ質問だけで会話を成立させてみませんか?」
「それは無理な相談だね」
なんとも早く切れてしまったものである。まぁ、先輩がこの話題に従う義理などどこにも存在しないのである。
「そういうわけじゃないですけど……現代人がみんなプログラミングをやるかと聞かれると疑問が残りますよね」
「それもそうだね。読書は……この本は最初だけだ。あとは虚飾に彩られてる。いくら小説といえど、リアリティーは大事だと思うんだ」
「そうですか」
ぶっちゃけ、僕は半年前以降読書をしていないので、どう反応していいのかが分からない。
「……、湊も、先輩に勉強を教わればいいのに」
それはなんとなく、ふと体から紡ぎだされた言葉だった。読書の話題で先輩の知的さがアピールされたからだろうか。
「君の妹さんは、絶対にそれをやらないよ。十中八九君か好きな人に聞きに行くはずだ」
「聞いていたんですか。村田は……以下略で」
「そりゃぁ、こんな閉塞的な空間で二人きりだからね。いやでも聞こえるさ。以下略とは、それで大体わかる僕が怖い」
「こんな開放的なのに? 死ねってことですね」
「開放的という餌で釣った閉塞的な空間だよ。まるで無料だと謳う商品のようだ。以下略の意味がないことを突っ込むべきかな」
「そんなもんですかね。あと、突っ込みはいいです」
「そんなもんだよ。そうかい」
僕が起動した携帯電話からは、何故かニュースが流れていた。
『世界の諸君に告ぐ! われらは新人類を創造した! 現在世界を壊し続けている低能な旧人類は、すでに歴史の上で亡き者として扱われるのである! まだ、侵攻は始まっていない。猶予を残すことを、われらに感謝しろ! ここから、第一次人類大戦がはじまるのである! と、ヴォルフ被告は支離滅裂なことを供述してお……
日本、いや、世界中に氾濫する機械人形の群れ。これが現代の生活にどのように影響するのでしょうか。警察は総動員されており、自衛隊が動くのも時間の問題とされています、また、首相官邸では外国との情報交換の内容で討論が繰り広げられており、具体的な対策にまでは手が回っていない印象……
うーん、このそば、おいしいですねぇ、まるで人類の神秘が詰められたよ……あれ、なんで扉が開くんですか……っと、今話題のロボットが、この麺屋楢久に入ってきました! ロボットにも愛される店、麺屋楢久。もちろん味は絶品で、肥えた舌すらうならせること間違いなし! 従業員一同ご来店お待ちしています!
「やっぱねぇ、あれだ。ホログラフィックだよ。うん」
「なるほど。ホログラフィックですか。確かに納得がいきますが、映像であそこまでリアルな質感を再現できるものなのでしょうか?」
「そりゃぁ、科学の進歩だよ。何分私も老いたものだから、最近の若い技術にはとてもじゃなくついていけないけど、外装をだますくらい科学でころっといけるんじゃないかなぁ」
「なるほど、全国で約100万を超えるといわれるロボットがすべて見かけ倒しだと」
「きみぃ、ちょっと反抗しすぎじゃないのかい」
「いえいえ、そんなことは、私はただ真実を明らかに……」
「ちょ、やばいって! シーエム! シーエムだ!」
「シーエム入りまーす!」』
「混沌としているね」
なぜか大音量で流れた僕の携帯からの不特定多数のニュースに、先輩はそんな感情を持ったらしい。
「ニュースを無造作に、かつ一度に、さらに大量に、ついでにグルメ番組を、聞く趣味が君にあったのかい?」
そして、よくわからないことを聞いてきた。
「携帯の誤動作じゃないですかね。僕にそんな趣味はないですし」
「こんな意図的かつ作為的または日常的に見える誤動作が存在するというのかい?」
「いやぁ、今体験しましたし、否定はできませんね」
「じゃぁ、そういうことにしておいてあげるよ」
彼女は先ほど聞いた衝撃的かつ意味不明または摩訶不思議とでもいうべきニュースを気にも留めていない様子で、読書を始めた。僕は空を見るか地を見るか少し逡巡した結果、とりあえず空を見上げた。
摩訶不思議なニュースなど空にとっては些細なことらしく、青々と輝いている。
僕は、とりあえず意識を空と僕の顔をなでる風に任せて、目を閉じることにした。




