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ヒューマノイド

 走り出したはいいものの、どこに行くあてなど僕にはなく。ただただ一つの物事に没頭できた過去の日々に思いをはせること早十分。視界に朱い色が入るたびになんとなくな寂寥感を感じて、正直名も知らぬ隣人が死んだところで何故僕が悲しむのか。

 思考は絡まった糸のようにぐちゃぐちゃになっていた。

 あの男性は、僕が殺したのだろうか。

 世界とは観測されて存在するとどこかで聞いたことがある。

 それならば、彼の世界では僕は殺人者ではないのか?

 いや、そうなのだろう。死者に意識があるとか考え始めたらきりがないが、彼はきっと僕を殺人者だと思い、ヒューマノイドを操作している人間だと思っている。それは甚だ不本意なことだ。

 あのやろー。確認もさせずに逝きやがって。

 心の中でそう負け惜しみのようにつぶやいた。

 そこらへんにまるで犬の糞尿のように転がる死体は、何を思って死んでいったのだろうか。

 僕にはわからない。

 死なない僕は、死んだ彼らの気持ちなどわからないのだ。

 死んでいない僕には、死んでしまった彼女の気持ちがわかるはずもないんだ。

 いや、わからなかったんだ。だから僕は、こんなまったく訳が分からない現象にあっているのかもしれない。現実から逃げていたのかもしれない。

「コンニチ、ハ」

 僕は驚いて振り向く。

 その声は人間の発声器官では発音が不可能に思える声で、所謂機械的な声だった。

 その先には、赤く彩られた金属を纏ったヒューマノイド。普段のヒューマノイドが何も装飾されてない、素材のままの姿だということを考えると、目の前のヒューマノイドは何か特別なのだろうか。

「撃つな!」

 僕は条件反射のように叫んだ。ヒューマノイドが僕を見ているところを僕が見ると、もうこの言葉が出てきてしまう。先ほどとっさに出なかったのは彼が僕じゃなかったからではないだろうか。

 だが、目の前のヒューマノイドは銃を持っていなかった。

 そして、まるで人間のように、銃を持っていないことを、抵抗する意思がないことをアピールするために、両手を挙げた。

「ワタシ、ハ、アナタヲ、コロサナイ」

 いや、もしかしたら自爆するのかもしれない。人間界で唯一ヒューマノイドに抵抗することができるということを先ほど証明してしまった僕を殺しに来るのかもしれない。そのためならヒューマノイドの一体くらいどうということないのだろう。

 そんなことを考えた瞬間恐怖で戦慄した。だが、そんなことを容易く覆すような衝撃的な一言を赤いヒューマノイドは発することになる。

「イヤ、ワレラノチチタル、アナタヲ、コロセルハズガナイ」

 チチ……と言ったか。

 父、乳、遅々。とっさに考えられる意味は三つほど。そのどれもが当てはまっていなさそうだが、一番しっくりくるのは、

 父。

「そんなわけないだろ!」

 僕はヒューマノイドの父になった覚えなど皆無である。あるはずがない。毎日パソコンの前で現実逃避をしていた僕にそんな暇があると思うか。

「アナタ、ハ、ワレワレノ、チチ」

 僕は走り出した。

 強烈な悪寒が背中を這いずる。これ以上このヒューマノイドと話していたくなかった。

「ドコヘ、イク!?」

 どこだっていいだろ!?

 僕は陸上部だったころを思い出して、できる限りの全力で走る。

「アナタガ、ワレワレヲ……」

「しゃべるのを止めろ!」

 僕は叫んだ。

 これ以上、しゃべらせてはいけない。そう、本能が叫んだのである。

「――――」

 勿論、赤いヒューマノイドは沈黙した。何も言わない。いや、言えない。

 僕のせいで、しゃべれなくなっている。僕の言葉は、ヒューマノイドに絶対なのだ。

 そして、父という言葉。

 飽く迄も憶測にすぎないが、もしこの憶測が正しいのだとしたら……

「――――!!」

 赤いヒューマノイドは目で何かを訴えてくる。

 それを僕は、無言でかわす。

 そして、走り出す。

「追いかけてくるな!」

 卑怯だとは思いながらも、怒声に命令を混ぜて追いかけてくるのを封じる。

 追いかけてくる心配はないので、僕は後ろを振り向く。すると、赤いヒューマノイドは恨めし気な目で僕を見ていた。

 その目は、或る昔の出来事を想起させるが、その思いを僕は振り切る。

 過去を、振り返ってはいけない。

 世界は変わったんだ。

 僕は、前を向いて走り出した。

 過去は、段々と僕の手元から離れていく。


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