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家出

 画面の中では警官の銃撃戦が終わって、政府発表に変わっていた。どこの省庁の問題だとか、自衛隊の出動だとか、大人たちが怒鳴りあう声が画面越しに聞こえる。でも、僕の住んでいるような辺鄙な町ではまず自衛隊は来ないだろうし、どの省庁が主導してこの問題に対策しても、ろくな結果にはなりそうもなかった。

 町中にモンスターが闊歩している状況で、いつまで現行のルールが守られるのだろうか。

 ニュースではどの芸能人が死んだとか、大臣が死んだとか、いろいろな死亡報道をしていたけど、正直僕にはどうでもよかった。

 窓の外では白い猫が朱い足跡を残している。

 妹はからだの震えも収まったのか、携帯電葉をいじり始めている。

「なんで携帯?」

 僕は思わず聞いた。友達との交流なんて、今やるべきことではないだろう。自分たちの身を守るために、どのような行動をするかが大切なはずだ。

「安否確認、しないの?」

 と、妹は蚊の鳴くようなか細い声で答えた。そして、

「なかなかつながらないけどね」

 と、続けた。地震が起きた時と同じように、回線が足りていないのだろうか。僕もカバンをあさり。携帯電話を取り出した。

『「むやみな外出を控えるようにしてください。ロボットは家の中まで侵入しません。外出を控え、各自落ち着いて行動をしてください」』

 ニュースでは外出を避けるように言っている。外に出なければ、ヒューマノイドに襲われない。それが本当かはわからないが、事実であればある程度の安心感を僕らは得られるであろう。妹は何度でも安否確認でコールしているようだが、なかなかつながっていないようだ。

 自身は局地的なものだが、このヒューマノイド発生は全国的なものである。つながりにくさは比ではないだろう。

「つながった?」

 僕が聞くと、妹は首を振って、

「まだ。兄さんは誰に連絡取るの?」

 と逆に聞き返した。僕は少し迷う。賞味、僕は半年前以降友達づきあいというものをほとんどしていない。せいぜい先輩と屋上で雑談するくらいだが、あれは友達づきあいというより、傷のなめあいのほうが適していると思う。

「先輩……かな」

 僕は多少曖昧に答えた。

 傷のなめあいをする仲の相手以外、連絡する当てがなかった。何とも灰色に彩られた高校生活であった。

「そう。じゃぁ、連絡できたら教えてね」

 と、断定するように言った後、妹はまた延々とコールする作業に戻った。僕は少し携帯電話を操作し、先輩に電話を掛けると、運よくつながった。

「もしもし」

 電話での定例句である。

「え、一回でつながったの!?」

 妹は驚いた目でこちらを見ていた。

「まぁな」

 僕は似合わず自慢げに言う。

「すごい……」

 すると、妹は尊敬とか称賛とかがない交ぜになった目で僕のほうを見ていて、少し居た堪れない気持ちになった。

「妹さんかい?」

 電話から先輩の声が聞こえる。

「まぁ、そうです」

 と、僕は歯切れ悪い返事をする。

「二人とも、無事でよかった」

 先輩の、くっくっという笑い声が口から漏れ、聞こえる。

「先輩も無事そうですね。よかったです」

「まぁ、死んでいるということはないよ」

「どこにいるんですか?」

「いつもの屋上」

「家じゃないんですか?」

「僕の素敵な六畳間に帰る前に警報が出てしまってね。帰るに帰れないんだよ」

 今日は部活がなかったはずである。それなのに、この時間まで学校に残るとは何とも奇特な人である。

「学校はどれくらい生徒がいるんですか?」

「いても五十人だろうね。みんな家だろう」

「それでも、結構いますね」

「まぁ、僕は大丈夫だよ。全校で集めた乾パンを、三十個くらいくすねてきて、図書室から本を五十冊以上無断で借りてきたから。飢え死にもしないし、暇で死ぬこともない」

 ――食糧。

 こんな状況になったら真っ先に気づくはずである。いや、気づかなければならなかった。僕の頭の中からは食糧という意識がすっぽりと抜け落ちていて、何故か自分と家族とその他数人の身の安全の事ばかりを考えていた。

 何故だ。何故なのだ。寝て起きたら食料がある現代日本人を過ごしてきた弊害だというのか。

 僕は自己嫌悪に陥る。

「どうしたんだい?」

「いや……食糧のことをすっかり忘れていて」

「それに気が回る人間も少ないと思うけどね。案外。まぁ、食糧の買い占めをしとけば、米商人になれるんじゃないのかい? 打ちこわしを起こされても知らないけどね」

「だから、三十個ですか」

 一か月分。人に譲ることを微塵も考えていない。

「奪われる心配はないよ。屋上はとりあえず鍵をかけておいたからね。それを壊す人が絶対にいないとも限らないけど」

「人間の敵は人間なんですかね……」

「あのロボットだって、人間だよ。自我を持ち、行動する」

「自我を持って行動すれば、それは人間なんですか?」

「さぁ、僕にはわからないけどね。僕の中では、彼女たちは人間だよ」

「そうですか……」

 何が何だか、わからなくなってきた。

 隣では妹の電話がやっとつながったようだ。

 妹は喜色満面の笑みをほころばせながら、「もしもし」といった。

 数秒。

 これは数秒の間だった。

 喜色満面、色で表すならまるでピンク色だった顔が、みるみるうちに蒼白になっていく。

 絶望、この世の真理を除いたおろかな人間のような顔になった。

 そのまま、ふらりと妹は立ち上がる。

 妹の青を基調とした携帯電話がカーペットの上に激しい音を立てて落ちる。

「湊! 、湊!?」

 そこからは、妹の親友だったはずの朱莉ちゃんの声が聞こえてくる。妹は貧血で倒れるように下へ揺れた後、まるでゾンビがさまようがごとく歩き始めた。そのあまりに異常な様子に僕は少しうろたえてから。

「どこ行くんだ!?」

 と聞いた。

「どうしたんだい?」

 と、携帯電話から先輩の声が聞こえたけど、僕はそれを無視した。妹はリビングをおぼつかない調子で歩きながら出て行った。

「先輩、切りますね!」

 僕は断定しながら言った後、携帯電話を切った。玄関を開ける音が聞こえる。木が軋み、血に彩られた空気が家の中に流入してくる。妹が家を出た。僕は、駆けだす。何故、妹が家から出て行ったか僕にはわからない。たぶん、直前にしていた電話が影響しているのだろう。だが、彼女は出て行ってはならない。命は、守られるべきである。いや、守らなければならない。僕に近しい人が、死ぬのは嫌なんだ。死なせたく、ないんだ。僕はその思いを胸に、家を出た。


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