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異変

この話から、グロテスクな表現が急増します。苦手な方は、ブラウザバックお願いします

 その日の帰り道。

 あまりに突然だった。

 僕は家に一番近い交差点を右折した。僕の自転車は、ギーコギーコとさびを鳴らしている。

 面識がない老人が、道の隅で犬を散歩させている。

 その近くを、ヒューマノイドが歩いている。

 なんでもない、昨日と同じ風景かに思えた。思えたのだ。

 バンッ!

 と、乾いた音が周囲に反響した。今まで、画面の向こうでしか聞いたことがない音だった。

 金属的な媒介を通してきた音ではなく、生の空気が通してきた音だった。

 それが、銃声だと気づくのに、僕は何秒かかっただろうか。

 少なくとも、五秒はかかった。

 僕は、顔面蒼白になって、犬の背中に倒れていく老人の姿を見た。その背中の真ん中からは、黒と赤の絵の具を混ぜた様な液体が噴出していて、それが血だとにわかにも信じがたかった。

 自然な動作で、自分の自転車を翻させた。そのまま、ペダルに足をかける。

 ヒューマノイドの、目に相当する部分は、幸いなことに、まだ老人のところを向いていて、絶命する瞬間を、見守っているようだった。

 僕は、ペダルを全力で漕いだ。

 これまでにこんなにもペダルを漕いだことがあっただろうか。

 僕は覚えていない。

 でも、今全力で漕いでいるという事実は変わらない。

 漕ぐ。漕ぐ。漕ぐ。漕ぐ。銃声。漕ぐ。漕ぐ。漕ぐ。銃声。漕ぐ。漕ぐ。

 なんでこんな銃声?

 思考は整合性がなかった。

 漕ぐ間にもどこからかバンッ! という音が聞こえてくる。吐しゃ物を路上にまき散らした。

 僕はこれ以上外にいたら気がおかしくなりそうだと思い、迂回してわが家に向かった。

 吐しゃ物を幾つ吐き出したかは記憶の片隅に埋もれて定かではない。

 近くのファッションセンターのピンク色の壁は朱で上書きされていた。

 近くのパン屋を指し示す看板は朱色で文字が読みづらかった。何回も見たことがあるものだったので、読めないことはなかったが、初見の人は理解できないだろうから、看板としての役目は掃除されるまで終わったことになる。

 近く、ところどころに朱い色が転がっていた。

 時々、死体も見えた。

 目をそむけた。

 吐いた。

 僕の自転車も所々が朱く塗られたかもしれない。確認していないが。

 幸いにも、愛する我が家の周囲にはヒューマノイドの姿は見えなかった。

 見えたら困る。

 帰る直前に射殺されるとか、どんなデッドエンドだ。御免こうむる。

 家の前のアスファルトで塗り固められた道は、血で上書きさせられていた。僕は少しになってしまった恐怖心に駆られて、そこをよけて家に入った。

 自転車を停める気力も出ず、ぎりぎり家の敷地内のところへ放り出すように乗り捨てて、僕は家へと急いではいって行った。

 幸いと言ってもいいのか、家の鍵は開いていて、僕が家に入るに障害はなかった。

 家に入ると、ため込んでいた恐怖心が、一気に噴き出して、脳内が、ぐるんと一周するような感覚と嘔吐感が同時に襲いかかってきた。

 からだの震えは止まらないで、嘔吐物の上を僕は転がりまわる。

 学ランには汚いモノがついて、腐臭が鼻を劈く。

「どうした……え?」

 妹の姿が見えた。何も気づいていないらしい。よく見ると、ポケットには外された携帯音楽プレイヤーと、密閉型イヤホンが見えた。音楽でも聞いていたのだろう。

「テレビだ! テレビをつけろ!」

 僕は半ば命令するように叫んだ。

「え、なに、どうした……

「いいから!」

「わ、わかった!」

 僕の焦る様子に何か感じるものがあったのか、妹は急いでリビングに向かった。

 僕は少し落ち着いて、立ち上がった。汚れてしまった学ランを冷静に脱ぐと、ワイシャツ姿になった。

『「速報です! 先日、全国に出現したロボットは、突然銃器を持ち、全世界の人々に向かって発砲し始め……」

「なにこれ……」

 妹が点けたテレビには、凄惨な光景がそのまま映し出されていた。

 画面の右上には新宿と場所の表示がされている。

 画面の中では、パトカーに楯を持った警察官。その少し前には血を流して倒れている五、六人の若者の上に、ヒューマノイドが拳銃を掲げながら立っていた。

 パンっ!

 画面の中の警察官の一人がヒューマノイドに発砲した。通常時なら誤射があったらどうするんだ、とどこかの団体から批判が来るかもしれないが、人が何人も殺されている状況でそんなことを言う団体はいないと信じたい。

 警官の撃った弾丸は、ヒューマノイドの眉間に上手く命中した。ヒューマノイドが動いていないことが幸いしたのかもしれない。

 そして、ヒューマノイドの頭が吹き飛んだ。

 首からはよくわからないコードのようなものが十数本見えている。

 発砲されたヒューマノイドは、動いた。が、少しすると体中のエネルギーを使い切ったように停止し、倒れた。

 だが、それで終わらなかった。

 ビルの隙間、野次馬の間、警備隊の後ろ、パトカーの下。さまざまな場所からヒューマノイドがまるで結集するが様に集まってくる。

「な、なんだ!」

 警官の中のリーダーらしき男、たぶん、警部が驚きの声を上げた。

 ヒューマノイドは人間では無理な動きで駆ける。人間の頭は楽々と飛び越え、その足のばねはどのくらいか想像もつかない。陸上選手が見ていたら絶句するだろう。

 パンっ!

 また、発砲。警官の弾丸は、虚しく宙を舞った。

 カランと、弾丸が地に落ちる。ヒューマノイドは、銃を警官に向ける。

 それが四体。

 四つの銃口が、事前に連絡してあったかのように同時に放たれる。

 それはきれいな流線型を描いて――カツン――盾に当たった。

 警官は盾を持ちながらじりじりとヒューマノイドににじりよっていく。

「ねぇ」

 と、僕の意識は突然にテレビから現実へと戻された。

「これは映画なの?」

「見てわからないか? 現実だ」

「なん……で?」

「さぁ? 僕にはわからない」

「なんで、なんで兄さんはそんな冷静でいられるの!? 人が、人が死ぬんだよ!?

 同じクラスの村田君だって、母さんだって、単身赴任中の父さんは行方も知れず、いなくなるかもしれないんだよ!」

 死、それが一瞬で身近になった。その瞬間であった。

「そう、だな……」

 僕は歯切れ悪そうに答える。

「ロボットの開発者のところに行って、止めてこれないの……?」

「それはさすがに、無理だ」

 妹だって、僕にできると思っていったわけではないだろう。子供の駄々となんら変わらない。でも、時には駄々を言うことが必要になる刻だって、あるはずなんだ。

「お願いだよ……」

 妹は涙を流しながらその場にへたり込んだ。

「半年前の兄さんなら、ロボットを倒しにいったはずだよぉ……」

「すまん、湊。僕には無理だ。僕は、失ってしまったんだ。失う危険性を、冒したくはないんだよ……」

 妹は何も言えないらしく、リビングの硬い床にうずくまっている。僕はテレビで先ほどの結末を見た。

 警官は、呆然と立ち去るロボットを見て、戦意を完全に喪失していた。拳銃を握った右手は虚しく垂れ下がっていて、目はうつろに斜め四十五度を見上げている。ヒューマノイドは射殺を諦めたのか、ご自慢の跳躍力を活かしてビルの上へと逃げたようだ。賢明な判断だと称賛を送りたい。そのまま無駄な銃撃戦を繰り返しても、特注の大きな盾に防がれてどちらにも得がないのだ。

 それにしても、得で気づいたのだが、何故ヒューマノイドは人間を殺すのだろうか。いや、何故ヒューマノイドのプログラムをした人間は、同じ人間を殺すように仕向けたのだろうか。

 戦争、これなら一つの単語で片が付く。

 だが、それでは説明がつかない。このヒューマノイドは、全世界に存在しているのだ。敵を欺くならまず味方からともいうし、マスコミの情報をどこまで鵜呑みにしていいのかも疑問だが、戦争は、何かおかしい気がする。

 無差別快楽殺人という線もあるが、それもおかしい。快楽殺人者なら自分で殺したいはずである。これは一般的な思考をしている僕の独断なので、実際は違う場合もあるかもしれないが、快楽殺人を他人に任せるだろうか。

 そう考えると、本当によくわからない。

 軍事的な転用以外にも、もっと使い道はありそうなものだが。

 というところまで考えて、僕は一つ気づいた。

 なんで、僕はこんな冷静な思考をしているのだろうか。

 もっと、錯乱して、取り乱してもいいモノじゃないか。

 現に妹は、床にうずくまって震えている。

 いや、何故だ。本当に何故なのだ。

 僕は、何故ヒューマノイドが人類を殺して、少し、誇らしげに思っているのだ……?


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