ヒューマノイドについて 其の弐
ヒューマノイドは、進化をしたらしい。どことなく動きが速くなっている。しかも、周囲を見渡せるようにもなったらしい。今までは戦車のように前方方向しか見れなかったというのに。
あと、数も増えた。
登校の時は二体しか遭遇しなかったのに、帰りは四体である。
単純計算で倍だ。
大体昼休みの時間を真ん中にして、その時に百万台だとすると、今では何台だろうか。
百五十万台くらいだろうか。
あまり会いたくないものだ。なんとなく、黄色い機械的だが透き通ったような目に、懐かしみを感じて、その後、ぞっとしてしまうのである。
懐かしみを感じているときは言いようがない幸福感に満たされるが、その後のぞっとした時が、本当に今まで一度くらいしか味わったことがないほどぞっとするのである。
今日だけでそのぞっとした感覚を六度やったのだから、人生では七度くらい、ぞっとしているのだ。
それと、なんとなく体躯も嫌なのだ。
形状が、女性的なのである。
そして、それは見たことがある気がする。
いや、きっと、たぶん、見たことがないと言いたいのだけれども、それは断言できない。それどころか、見たことがある確率のほうが高く感じる。
そして、その形状で素材が鉄というところは、本当に恐怖というか、なんというか、強いて言うなら、嫌悪感を感じる。
人間の女性の体躯で、構成する物質は鉄。脳は銅の塊ができていて、可動部分は銀で動く。
そんなものは嫌だ。
即刻この世から消し去りたくなる。
でも、壊したら器物破損でお縄についてしまうので、壊すことはしない。見かけたら何も言わず、ただ走るだけだ。一か月もすれば体力もついてしまうだろう。
ほかの人々も、いきなり自分たちの世界に沸いて出てきた異端分子であるヒューマノイドには恐怖しているようだ。
事なかれ主義が心の底まで染み付いて、逃げることを人生の目的として過ごしてきた僕たちに、態々ヒューマノイドにかかわる義理はないのである。かかわって硬い腕で殴られ、殺されたとしても誰を罪に問えばいいのかが分からない。誰がロボットを作ったかなんて、わからないのである。テレビの発言を真に受けるとすれば、あのよくわからないことを口走っていた人ということになるが、映像ほど加工が簡単なものはない。
だから、だれがそれだかわからないのであった。




