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プロローグ

 僕たちがいる屋上に吹き付けた風に、肩の下まで伸びている綺麗な黒髪は靡いた。

 その黒髪の主、茜は、僕の彼女である。いつもは黙々と読書にいそしむ。所謂、文学少女だ。

 僕の隣では、茶髪の先輩が、驚いた様に前を見ている。

 先輩は、茜とはまるで逆な、活発な女性である。ボーイッシュと、一部ではもてはやされているらしい。僕自身は、ボーイッシュというよりただのテンションが高いだけの人間だと思っている。

 コンクリートの床は、僕らのせいで汚れていたけれども、そこに立つ茜は、綺麗としか言いようがなかった。

 彼女は、一歩、一歩と、前に進んでいる。屋上の隅にある、フェンスに向かって。

 その後ろ姿は、まるで死地へと赴く戦士のようであって、異様な雰囲気が感じられる。


「どうした……」

 僕の言葉は途中で遮られた、彼女の、笑顔によって。

 その笑顔は、聖母が人間を包み込むが如く完璧で、何も言い返せなかったのである。それは、横にいる先輩も同じなようであり、驚いた顔で固まっていた。

 その様子に、僕はなんとなく嫌な予感がして、思わず追いかけていた。上靴が、コンクリートに跳ねる。

 茜も、走り出した。おにごっこのようだ。

 そして、フェンスの前で立ち止まるかに思えたその時、

 彼女は、飛び降りたのだ。

 フェンスを、悠々と飛び越えて。

 初めに、綺麗な黒い髪の毛が見えなくなって、

 次に、綺麗なくびれがある、腰が見えなくなって、

 最後に、細く、流麗で綺麗な、足が見えなくなった。


「え……」「な……」

 僕と先輩の声は、彼女に届くことはなかった。

 直後、大きな音が、下の方から鳴った。

 それから五分後、救急車のうるさいサイレンの音が、僕の耳に届いていた。

 僕はずうっと屋上で泣き崩れていたから、その時の様子はよく知らない。下にいた人でも、泣き叫んだり、失神したり、さまざまな反応があったようだ。

 僕も、泣き崩れた者の一人だ。

 彼女は、意識不明なまま白いベッドに横たわっていた。


 後日、僕たちの耳に、悲報が届いた。その時の僕の気持ちは、どう表現したらいいのか、今でもわかっておらず、模索中である。が、見つからなくても、いいのかもしれない。自分の気持ちを、あいまいなままとっておくのも大事であろう。

 芹沢茜。享年、十六歳。

 淡々と、それは語られた。

 誰が語ったのかも、覚えていない。授業を進めることだけに熱心なクラスの担任かもしれないし、軽薄な友人かもしれない。

 誰が語ったとしても、事実は変わらないわけだが。

 彼女のため、僕たちに何ができたのであろうか。

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