会いに行く
ピクシブにて一度載せた物をここにもう一度載せさせて頂きました。かなり短い話です。
灰色で無機質な墓標は、海と空が一緒に見渡せるこの美しい場所には相応しくはなかった。しかし、一緒に生きてくれないか、と私に言ってくれたあなたが、この場所を愛していたから、私はあなたの眠る場所に、迷うことなくここを選んだ。
全てが終わった今、あなたを思う。綺麗な顔をして笑う私が愛しているあなたを。
出来る事ならば、この黒く硬いこの土を掘り返して、たった今入れたばかりの純白のあなたを抱き締めたかった。しかし、安らかに眠りについたあなたを叩き起こす事など出来る筈もなく。
ならば、と、包丁を握った。握る手が震えたので、もう片方の手で支えようと思ったが、そちらもがたがたと震えていて、初めて自分が死ぬことを恐れている事に気付いた。
冷たい銀の感触を喉に感じたと同時に静かに一筋、涙が零れた。
瞬間、頬を伝う涙を拭き取るような強い風が吹いた。あなたの墓標へと添えた色とりどりの花の花弁が空を舞う。
―私の為に泣かないで。あなたは生きてください。
そう、言われた気がした。
大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ち、私は獣の様な声を喉が張り裂けんばかりにあげて泣いた。
私はここにいます、迎えに来てください。
空がこんなにも青いのです。戦闘機なんてとんでいないでしょう。辛くて苦しい戦争は終わったのです。
早く帰って来てください、
着物が汚れるのも気にせず、地にくずおれて、あなたの墓標にすがるように泣いた。
あれから、何度も何度も季節は巡った。
墓標の前で泣き崩れたあの日の少女の私はもういない。代わりに、肌は皺だらけで、白髪頭の私がいる。
車椅子と、生命維持のための機械で支えられた体。
私は、ふと思う。
あなたは私がわかるかしら。おばあちゃんでも、笑顔で迎えてくれるかしら。
あなたの愛した、若く、瑞々しい体はもう無いけれど。
あなた程じゃないけれど、素敵な人と結婚した私を、優しい息子と、可愛い孫に囲まれて生きた私を、あなたは許してくれるかしら。でも、
「最後はあなたの元に帰ってきたわ」
許してくれるでしょう?
赤や青の無数の管と、それを束ねる一際太い管。そのれが私の命を支えていた。
ここまで連れてきてくれた息子と、最後にここで、と。それを許してくれた理解ある夫に感謝の思いを抱いて。
そっと管に手をかける。手は震えない。優しい風が吹いた。
「有難う」
私は口許に笑みを浮かべた。
読んで下さり有難うございました。感想やアドバイスなどありましたら、ぜひお願いします。