四章「制圧」
俺は、ある一人の少女とこの先の人生を歩んでいく未来を思い描いていた。
その少女は、不幸な境遇でも決して笑顔を絶やすことのない、素敵な少女だった。
「きれいな星空だね」
髪がなびいているその横顔に見惚れていた。
「あぁ」
星が美しい、とある公園だった。
ホテルのスイートなんて取る余裕が俺にあるわけない。
経済的な余力があるはずもない。
それでも俺はこの気持ちを伝えたかった。
それに、この夜空の美しい公園というシチュエーションも嫌いではない俺がいた。
「なぁティア、大事な話が一つあるんだ」
「なぁに」
言葉は簡潔でよかった。
「結婚しよう、ティア」
突然の告白に、彼女は心から驚いている様子だ。
「カイさん、私なんかでいいんですか」
「あぁ、もちろんだ」
「うれしい」
俺達は、この惑星で奴隷として生きていた。
みな幸せに生きているとは言い難い生活をしていた。
いや、むしろ、世の中には理不尽と不幸があふれていた。
その不幸に溢れた中で得難い幸せをつかみ、俺はこの先結婚する。
次の日の夜、そのことを親友に報告し、祝い酒を飲んでいた。
「おめでとう、カイ、婚約者と幸せにな」
「ありがとう、スパルタクス」
「それにしても、おめでたい話だ」
「あぁ、普段の俺達には、ない話だ」
ある日突然空の上に巨大な宇宙船が降り立った。
人々はそれが何か分からなかった。
が、その正体はすぐに分かった。
夢にまで見た宇宙人がやってきたのだ。
しかし、彼らは俺達のことを対等な文明をもった種族とはみなしてくれなかった。
最初のころは友好的に対話をしてくれていた。
ところが、そのうち俺達の文明が圧倒的に劣っているのを見るにつれその態度は変化していき、
最後には俺達を奴隷として圧政を強いるようになってきた。
「にしてもお前さんはもとは空の島の住人だったんだろ。
こんなところまで落ちてくるたぁ、難儀なもんだ」
俺は最初は宇宙船地球号の住人だった。
だが、幼くして両親を失った俺は奴隷商人に買い取られ、このプランテーションで奴隷として働かされるようになった。
しかし、
「カイ、お前たちの結婚は俺達にとってもめでたいことだ。
こんな奴隷の環境下で、唯一と言っていい、うれしいニュースだ。
婚約者と幸せにな」
「あぁ」
この奴隷という環境下でも幸せをつかみ取ることが出来る。
そう思っていた。
「スパルタクス!」
仲間が、大声を出しながら部屋に入ってきた。
スパルタクスは俺の数少ない親友であり、奴隷たちの信頼を一身に集める頼れる男である。
何か起きた時は真っ先にみなスパルタクスに報告する。
俺は諜報を中心としてスパルタクスの右腕的な役割をしていた。
「なんだ」
「カイも一緒かちょうどいい、とは言えないか。また、仲間が殺された」
「また、か」
スパルタクスがくやしさとやるせなさに顔を歪ませながらつぶやいた。
「スパルタクスに報告に、と思ったんだが、カイも知っておかなければならないことだ」
俺に関係がある、ということで嫌な予感が胸をよぎった。
「どういうことだ」
「殺されたのは」
まさか。
そうであってほしくない、そう思った。
今、頭の中では必死でその現実ではない別の現実を想像しようとしていた。
「お前の恋人、ティアだ」
その言葉を聞いてから、しばらく記憶が飛んでいる。
ただひたすら走って、彼女のいる場所までやってきた。
周囲には人だかりが出来ているようだ。
仲間も多く見かけた。
そして、中心にあるその姿を見て愕然とした。
「これは…」
「あぁ、殺される前にもいろいろされてるな…」
どうしてどうしてどうしてどうしてどうして。
「うおおおおおおおお」
「なぜ、なぜ彼女が殺されなければならない」
「許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない。許さない」
「もう無理だ。こんな奴隷の環境、俺が覆してやる」
「落ち着け」
いつの間にかスパルタクスも横に来ていた。
「スパルタクス!」
許さない。許さない。許さない許さない。
「もう俺には生きる意味なんてない。
だから、せめて多くのあいつらを道連れにしてくる」
そう、ここに誓う。
どんな手段をとってでも、奴隷である俺達に今までしてきた仕打ちの報いをやつらに与えると。
ティアのためにも。
しかし、走り出そうとする俺をスパルタクスが捕まえた。
「まだだ、まだ機を待て」
「そう言っている間に、今まで何人もの人が殺されていったろう!」
「俺だって、奴隷の立場で日々誰かが殺されていくのはつらい。
だが、今はまだ無駄死にするな。来たる日に備えて、お前は重要な戦力だ」
「俺はお前のように冷静にはなれない」
「3日だ。3日以内にお前が納得出来るものを用意する」
「3日、だと」
「あぁ。友人からの頼みだ」
「わかった。友人からの頼みということで、3日だけ待つ」
「それで十分だ」
「だが、3日経ったら俺は確実に宇宙船地球号のやつらに復讐を開始する。
すまない。今の俺はこうするしか、未来へ希望をつなぐことを出来ないんだ」
友人からの要請だったので、俺は3日だけ待つことにした。
正直、今すぐにでも宇宙船地球号のやつらに攻撃をしかけにいきたい気持ちだった。
しかし、ただ特攻するだけでは自分が自殺しに行ってるだけだという自覚もあった。
これまで数多くの奴隷が反抗し、そのたびに殺されていった。
それらの感情が混ざりあいながら、スパルタクスの3日を待っていた。
いや、俺が待っていたのはきっと希望だった。
3日後、俺はスパルタクスから呼び出された。
「大事な用事だ」
スパルタクスは心なしか少しやつれていた。
「お前の事件をきっかけに、俺もとうとうふんぎりがついた」
「なんだ」
「水面下で進めてきた計画がある。宇宙船地球号への、反乱を開始する」
スパルタクスの話そうとしている内容は、俺が抱いていた希望そのものだった。
「宇宙船地球号には巨大な核爆弾というものがある。
動かされたらその時点でこちらの負けだ。
それを制圧してきてほしい」
宇宙船地球号には核兵器というものが搭載されているらしく、
その気になればこの星の地上など簡単に消し飛んでしまうらしい。
だから、やつらにその兵器を使わせたら勝負にならない。
今回の戦争は、宇宙船地球号の軍事用のメインシステムを制圧するところからがスタートなのだ。
逆に、それが出来ればこちらにも十分に勝機がある。
宇宙船地球号の内部にも奴隷制に反対している人たちを集めているらしく、
制圧した後もしばらくそこを占拠出来るようにしてあるらしい。
「今回の反乱の協力者、コシューシコとラファイエットだ」
「コシューシコだ、よろしく」
「ラファイエットだ」
二人が手を出して握手を求めてきた。
スパルタクス曰く、
「彼らは、信頼出来る」
らしい。
彼らは奴隷制に反対していることは分かっている。
スパルタクスは、こちらが馬鹿なことをしなければ彼らが最後まで味方になってくれるだろうと踏んでいた。
宇宙船地球号の人間で、奴隷に味方する動機は人それぞれだ。
利権や名誉を獲得するために奴隷を擁護する者、
正義感により奴隷を救い出す者、奴隷に恋した人さえいる。
緊張。
そのようなものはなかった。
自分にあるものは、一刻も早く自分から幸せを奪ったものたちへの復讐を成し遂げたいという思いだ。
俺達が宇宙船地球号に乗り込んでいる間、スパルタクスは地上での戦争に備え、
準備を進める予定だ。
そしてとうとう、実行の日が近づいてきた。
コシューシコ、ラファイエットの用意した連絡船に乗り、宇宙船地球号内部に侵入した。
「今から進入を開始する。何か注意点などは」
俺が尋ねた。
「ただ、一人強敵がいる」
ラファイエットがそう言い、続けた。
「現在メインシステムの警護に当たっている陸軍中将、彼がいくつもの武功を残している」
「私も聞いたことがあるな。今の陸軍中将は英雄たる人物で、
その人が今宇宙船地球号のメインシステムの防衛に当たっていると」
ラファイエットもコシューシコも知っているとなれば、かなりのてだれなのだろう。
きっと、その中将とは戦うことになる。
しかし、その予想は現場に来て大きくはずれたことを知った。
「想像以上に手薄な警備だ。なんていうか、連携がとれていない。
指揮をとっている中将は、本当に優秀なのか?」
「優秀なのは間違いない、が」
ラファイエットも戸惑っているようだ。
「何かあったと考えるのが自然だろう。
どちらにせよ、これはまたとないチャンスだ」
物陰に隠れながら、慎重に進んでいった。
途中、兵士たちが慌ただしく大声で会話しているのが耳に入った。
「中将はまだか!?」
「は、それが、家で死体となって発見されました」
「なんだと!?」
「暗殺の線で捜査していますが、横で奴隷のような女が一人死んでいるそうで。
ただその奴隷の遺体は鎖で繋がれており、中将を暗殺出来るような状況ではなかったと思われます」
「くそっ、こんなときに!」
その会話を俺達はとらえていた。
「聞こえたか」
「あぁ」
俺が尋ねると、二人は同時に頷いた。
「何があったか知らないが、向こうの司令はぐちゃぐちゃだ。今のうちに、制圧しよう」
類まれな幸運とともに、俺達は作戦を遂行していった。
そのころ、地上では着々と反乱のための準備を進めてながらカイたちからの連絡を待っていた。
カイたちが成功しなければ、この反乱に勝機はほぼなくなる。
スパルタクスが全てを受けれたような顔で座っていた時、ひとつの電報が届いた。
その知らせに、みな湧きあがった。
「カイたちが成功したぞ!連絡があった!」
うおおおおお。
その報告を聞いてから、現地で反乱の準備をしていた人たちは立ち上がった。
「ここにいる全ての人の命は、俺が預かる」
スパルタクスが全ての命運を一身に背負いながら高らかに宣言した。
「われわれの戦争を、ここから開始する」
俺は宇宙船地球号の内部の占拠はコシューシコとラファイエット、あと信頼出来る部下に任せ、
俺はスパルタクスが指揮する戦場へと戻ってきた。
そこで、俺はこの大規模な反乱、いや戦争というものを甘くみていたことを思い知る。
この光景は、地獄だ。
見慣れた土地が戦火に焼かれていた。
そこにある死体、腐乱臭、焼け焦げた臭い。
今まで生まれ育った街ですら戦争によって景色を変えていった。
みな血を流し苦しんでいた。
手足を失った者も少なくなかった。
わずかに期間に、多くの人が流血する街になってしまった。
そして戦場は様々な場所に広がっていた。
この戦いに義はあるのか。
これだけ多くの人が傷を負い、死んでいく。
俺やスパルタクスは、正しかったのだろうか。
この奴隷解放戦争を起こしたことが。
いや、あの日々を思い出せ。
奴隷として日々むちうたれてきた。
理不尽に多くの人が奴隷として扱われ死んでいった。
俺の恋人も。
圧政に苦しみ、まともな教育医療を受けられるものなんていない。
女は慰み物にされた。
今これだけの人が血を流しているのは、再びあの奴隷の日々を繰り返さないためだ。
宇宙船地球号の技術はすさまじかったが、それらの技術のうちいくつかはこちらにも流れてきており、
富豪たちが後押ししてくれていたので武力の面では五分の戦いが出来た。
また、兵の士気ではこちらが圧倒的に上だった。
地獄のような光景を見たが、怖気づくわけにはいかない。
みな、明日への一歩を踏み出すために今血を流しているのだから。
「俺も、前線に出て戦ってくる」
俺は銃撃戦には自信があった。
今回の戦争は規模の大きさに驚いたが、これまで様々な戦場で生き残ってきた。
射撃の腕には自信があり、どんな的でも外さない。
そして、傭兵としては俺の体格は有利だった。
特に特徴のない中肉中背。
体躯の大きすぎるものは飛び道具の発達した時代においては的になり過ぎた。
かといって、銃の反動を調節したりと最小限の運動能力はいる。
その結果か、優秀な傭兵はたいてい中肉中背の目立たない人だ。
「カイ、もし戦いに行くならば、この地点にいってほしい」
「了解した、スパルタクス。お前は全体の指揮をするんだな」
「あぁ。この調子ならば、きっとこの戦争は勝てる」
この戦争におけるスパルタクスの働きはすさまじかった。
宇宙船地球号で奴隷解放を訴えている人たちをあらかじめこちら側に引き込んであった。
地上では戦場の指揮をとり、相手側陸軍を撃破し、街や中枢を一つずつ確実に制圧していった。
俺達が出来ることはスパルタクスを信じ、戦場にて死力を尽くすのみだ。
それから、幾日か過ぎた。
宇宙船地球号内部も、地上も戦況は悪くない。
しかし戦争が長引いたためこちらの負傷者も増え、士気もだんだん落ちてきた。
長引けばあちらのシステムも復旧する可能性もあるのでこちらは先手必勝でする必要があった。
あと少しで宇宙船地球号は制圧できる。
最後、士気を上げ相手に降服を受け入れさせなければなければならない。
「スパルタクス、ここが正念場だと思うが」
本部に戻っていた俺は、スパルタクスと今後の戦法について話していた。
「わかっている」
ただ、そう言っているスパルタクスには焦りの色は見えなかった。
「まだ戦争に決着がついたわけではない。けれど、今やっておかなければならないことが一つある」
「何をするんだ」
「カイ、後日、出来る限りの人を広場に集めてほしい。
そして、どうしても戦地を離れられない人もラジオをつけておくようにと」
俺にはスパルタクスがしようとしていることに予想がつかなかった。
しかし、彼がいたからこそここまでこれた戦争であり、彼のやることに疑う余地はない。
スパルタクスの指定した日になった。
広場にマイク、そして放送用の設備も用意した。
その舞台の中、スパルタクスはゆっくりとしゃべり始めた。
「今ここに集まってくれた人よ、聞いてほしい。
味方してくれた貴族たちのはからいにより、無事宇宙船地球号のシステムをダウンすることができ、
文明的に劣っているわれわれでも互角以上の戦いが出来た。
もうすぐ宇宙船地球号はわれわれが制圧出来る」
そしてここから、歴史に残る瞬間が始まった。
「ここに奴隷解放宣言をする。
私たちは奴隷ではない。
この戦いに勝利すれば、ここでの宣言に法的効力を持たせてみせる。
我々は、勝利への道を突き進むんだ」
その宣言に、集まった奴隷たちは湧きあがった。
戦争の最中だが、今日この日に奴隷を解放することを宣言した。
奴隷解放戦争の最終目的は、宇宙船地球号上層部にこの奴隷解放宣言を認めさせることだった。
そして今、これが実現に近づいている。
こんなことが昔もあったはず。
1861年から1865年にかけての南北戦争。
戦争の真っただ中1863年1月に奴隷解放宣言をリンカンが行った。
今まさに、歴史が繰り返されている。
この宣言に、かつて奴隷だった人々、奴隷制に反対していた人々が湧きあがった。
新しい時代の到来だと。
兵の士気は今一度高まり、多くの人がこの宣言に賛同した。
宇宙船地球号にも、奴隷制に反対している人が多くいた。
その人たちが、硬直した戦況の中の奴隷解放宣言をきっかけにこちら側についてくれた。
その時点で、俺達の勝利がほぼ確定した。
そして、その日がやってきた。
ある電報を受けたあと、スパルタクスが明らかに安堵していた。
「とうとう、宇宙船地球号が奴隷解放宣言及び種種の条約を受け入れた」
「つまり」
「あぁ。われわれの、勝利だ」
歴史が変わった瞬間だった。
「奴隷が奴隷でなくなった瞬間だ。これからは、われわれは自由だ。
カイ、むしろ忙しくなるのはこれからだ。
お前にもこれからびしびし働いてもらうぞ」
戦争の後、街は復旧作業に追われていた。
戦争の傷跡が各地に残ったが、それにより得られた希望のためか、みなの表情は暗くはない。
そう、これからは奴隷というものはいなくなる。
これからは理不尽に殺される人たちはいなくなる。
時代がここから大きく変わっていく。
「ティア、やったよ」
そのつぶやきは、空の彼方に消えていった。
(四章終り)