悪魔のような愛娘(改)
「さってと、次は……」
買い物籠を揺らしながらお菓子売り場を通り過ぎようとした時、私の手を娘が引いた。
「ねえねえ、おかあさん」
彼女はその小さな手に、箱入りの“お菓子”を握り締め、さながら天使のような笑みを浮かべていた。
我が家自慢の愛娘、美弥は今通っている幼稚園でも美少女として大評判で、着飾らせるのが本当に楽しい。ついついあちこちつれ回してしまう。
「なあに、美弥?」
私が笑い返すと、美弥は笑顔のままで手にしていたお菓子を私に突き出す。
「ねえ、これかってぇ〜」
鈴の鳴るような可愛い声で頼まれると、ついつい承諾したくなる。
……が。それは、明らかにフィギアメインで売られている箱入りのお菓子だった。
本来中身の主人公であるはずのお菓子は、小さなビニール袋にラムネが数粒入っているだけ。にもかかわらず四百円近くするという私には理解の出来ない代物だった。
思わずおもちゃ売り場に置けといいたくなる。
「あのね……美弥、残念だけどこういうお菓子は高くてうちでは買えないの。ほら、こっちのおいしいすず焼き買ってあげるから、我慢してね。これ、好物でしょ?」
代わりの物を差し出すも、彼女は顔を曇らせ、目に涙を溜め始めた。
……いつもの泣き落とし作戦だ。実は彼女、天使の様な外見をしていても中身は悪魔のように腹黒い事が最近分かった。
以前は騙されてついつい買ってしまっていたのだが、レジに並んでいる時、背後で黒い笑みを浮かべ『ふっ、楽勝』と呟く姿を見てしまったからだ。
以後、私は泣き落としにはもう掛からないと心に決めた。
「泣いても駄目よ。さ、あった所に戻してらっしゃい」
彼女が棚に戻すのを確認し、私は野菜コーナーへと向かう事にした。
「フン、ケチが。そんな事だから白髪が生えるのよ」
ピタリ。聞き逃すわけにはいけない言葉が背後で聞こえ、私は思わず歩みを止める。
い、いつその事に気付いたの? 確かに鏡台の前で独り言を言ったかもしれない。
……でも、その場に美弥は居なかったはず。
「……ねえ美弥ちゃん。今、なんて言ったのかなぁ? ちょっとお母さんに教えてくれる?」
怒鳴っちゃ駄目だ、極力笑顔を作れ。……自分にそう言い聞かせるも、どうしても目の筋肉がひくひく痙攣してしまうのを止められない。優しい声は何とか維持できた。
「なんにもいってないよ! かってくれるまでうごかないからね!」
ついに大の字になった美弥。でも嘘泣きである事は既に分かっている。
……維持でも買ってやるもんですか!
「そうして居たいなら、ずっとそこで泣いてなさい」
私はついに笑顔を捨て無表情でそう言うと、一人野菜コーナーへと向かう。
……と。
「うわぁぁ〜ん! うちはビンボーだからたかがおかしもかえないんだ! きっとわたしがねてるあいだにしゃっきんのとりたてにヤクザがきてあばれるんだ! だからはちうえがこわれてたんだ! ……それでお金に困って母さんは身売り……むぐっ!!」
なんて事を言うんだこの娘は! 周囲から哀れみの視線が降り注ぐ。
よりによって今の私はスッピンだ。
っていうか気づけそこ! 幼い口調を装ってるけど普通この年の子供が使わない言葉を使ってるし最後に至っては地が出てるしっ!
大体、鉢植えが壊れてんのは沙耶(美弥より一つ上の姉)が習ってる柔道の投げ技を披露するとかで放り投げた人形が直撃したからで、ヤクザが暴れた訳ではない。ってか、あんたも見てたでしょうが、沙耶に怪力女とか言いながら。
「あの……よかったらこれを……」
「いりませんっ!」
どこかのおばさんが財布を取り出すのを見て慌てて止める。
ヤバイ、本気で信じちゃってる。どんどん野次馬が集まってきてるし。
「し、失礼します!」
私は美弥を小脇に抱えてレジへ直行。
レジまで美弥の声が届いていたようで、レジ係までが哀れみの視線を送ってくる。
は、早く帰りたいッ……って、どさくさに紛れてさっきのお菓子入れられてるし!
まずい……今戻しに行ったら美弥の台詞を肯定してしまうようなもの。私は断腸の思い(少し大袈裟だが)で代金を払う。
こんな事なら素直に買っておけば良かった……。
「ふっ、ちょろいもんよ」
こ、このガキは……!!
前回の物をリメイクした物なので、旧バージョンと見比べてみると面白い(?)かも知れません。
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