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向日葵

 ―そして夏。


 まなみは無事に女の子を出産した。


 予定日より早く産まれた事で、奇跡が起きた。 それは、カナメと同じ誕生日になったのだ。


「同じ日に産んでくれてありがとう。良く頑張ったね」


「この子がパパと同じ誕生日を望んだのよ。彼女の強い意思を感じたわ」


「……パパ……」


 カナメは照れくさそうに我が子を見た。


「この子の名前はひなたにしようと思ってるんだ。お日さまに向かって歩いて行けるようにさ」


「うん……。そうね……」


 まなみは、この子には明るい人生を歩んで欲しい……。そう言おうとしたが、それは口には出さなかった。


 ふたりの中にはもう隆二はいないのだ。



「僕と同じ誕生日じゃさー、僕の事は蔑ろにされそうだなあ~」


「だいじょーぶ! カナメにはあたしがちゃんといい事してあげるから。この子が成長したら、二人で祝ってあげるわよ」


「何だよ、いい事って。子供扱いして」


「あ! 大事な事言うの忘れてた!」


「何?」


「カナメ、お誕生日おめでとう!!」


「!! そうだったね! それ大事!」


 まなみはカナメを抱き寄せ、深くキスをした。


「来年はちゃんとプレゼント用意するから、今年はこれで許してくれる?」


「いいよ。来年2回分してくれれば」


「もうー。やっぱり子供じゃん!」



 カナメは幸せだった。




 ――1年後。


 レストラン奏ではダイキが機敏に動いている。

 ある日、閉店間際にひとりの女性が来店して来た。


「あの……、まだやってますか?」


「あ、大丈夫ですよ。何名様ですか?」


「ひとりです……」


「こちらへどうぞ」


「ご注文がお決まりになりましたら…」


「オムライス……、オムライスを……、お願いします」


 ダイキが聞き終える前に注文してきた。メニューも見ずに。



 カナメはその様子を見て、初めてまなみが来店して来た日の事を思い出していた。



「か、かしこまりました」


 ダイキは不思議そうに見ながら、オーダーを繰り返した。



 女性は、時々ほっとしたような表情を見せながらきれいに完食した。


 最後のお客様が帰るのを待っていたかのように、ダイキに小声で話し掛けて来た。


「ご馳走さまでした。これは鳴瀬さんがお作りになったのですよね?」


「はいっ? ええ……、そうですが。失礼ですが、センパ……いえ、鳴瀬のお知り合いの方ですか?」


「……、いえ……、一方的に知ってるだけなんだけど……」


 一方的?


「あの……、呼びましょうか?」


「ダイキ、お前の声、でかいから聞こえてるよ」


「あ! 先輩!」


「僕が鳴瀬ですが、僕の事ご存知とか?」


「あなたが鳴瀬カナメさん?」


 フルネームを知ってる? 一体誰だ?


 カナメは女性の前に座った。


「失礼ですが、あなたは?」


 その女性は暫くカナメを見つめてから、視線を下に落とす。数分間の沈黙の後、ゆっくり口を開いた。


「あなたが素敵な人で本当に良かった……。私はあなたの前に現れてはいけない人間なんです。でも消え去る前に、あなたの作ったオムライスだけは食べておきたかったのです。本当に優しくて愛情がこもった味でした。美味しかったですよ。あなたのお人柄がわかりました。これで思い残す事はありません。ありがとう……」


 そう言って一礼すると、席を立ち、五千円札を置いて店を出て行った。


「あ! お待ちください! お釣をお忘れです!」


 ダイキとカナメがあわてて追いかけると、すでに待たせてあったタクシーに乗り込んでしまった。


「お釣は鳴瀬さんのお子様のお菓子代にしてください……。まなみさんとお幸せに。さようなら」



 タクシーは走り去って行った。


 まなみの名も知ってた……。


 一体誰なんだ?




 カナメは帰ってから、その女性との会話を全部話した。


「何歳位の人?」


「ん~、60くらいな感じかなあ~? ちょっとやつれた印象もあったけど、きれいめだったよ」


「…………。もしかしたら……。でも、まさか……」


「心当たりあるの?」


「…………お母さんかも……」


「えっ!!」


「だって、他に思い当たらないもの。カナメが素敵な人で良かったって、そう言ったのよね? きっとそうだわ。間違いない! なんで今更……」


「思い残す事はないって言ってた……。もしかしたら……」


 ふたりは顔を見合せ、同じ事を思っていた。



 まなみの母は死期が近いのではないかと。



「どうする? 探す?」



「今更……。今更何よ。会いたくなんかないわ」


「まなみ?」


「だってそうでしょ!? あたしが一番辛い時にそばにいてくれなかった人よ! あたしを捨てた人よ! もうとっくに忘れたわ!」


 カナメはまなみを強く抱きしめる。


「まなみのお母さんだって、後悔してるんだよ。まなみに会いたくても、合わす顔がない。だから僕に会いに来てくれたんだ。まなみの夫がどんなやつか見れば、まなみが今幸せかどうかわかると思ったんじゃないかな……」


 まなみの肩は震えていた。


「今のあたしには、カナメとこの子がいる。ダイキくんだって、オーナーさんだってあたしを支えてくれてる。それだけで十分幸せだよ。だから、今のままでいいの。あたしの母はあの時死んだのよ」


「まなみ……」


 カナメはまなみの気持ちが痛い程良くわかる。しかし、このままでいいのか? 生きてる間に会わせてやりたい気持ちもあるが、どこをどう探せばいいのかさえわからなかった。



  ――それから1ヶ月後のある夜。


 ひなたが向日葵の額の絵をじっと見つめながら微動だしない姿に不思議がっていると、カナメが帰宅し、1通の手紙を差し出した。


 宛名は鳴瀬カナメ、まなみ様。差出人が無記名だ。


「何これ? 気持ち悪いよ」


「店のポストに入ってたのをダイキが見つけて渡してくれたんだ。帰ってから一緒に見ようと思ってさ」


「大丈夫なの? カナメ、誰かに恨まれたりしてない?」


「それを言うならまなみの方じゃないか? 昔の彼氏とか……」


 ふと、まなみの表情が曇る。


「ま、まぁ、僕達はいい人だから、恨みの線はないね」


 ふたりは笑いながらも、落ち着かない。


「じゃあ、開けるね……」カナメが封を切る。




『鳴瀬カナメ様、まなみ様。


 おふたりがこの手紙を読んでいると言う事は、私はもう生きていないと言う証です。


 私はまなみを残して逃げた最悪な母親でした。

 まなみが高校生になれば、なんとか生きて行けるだろうと、欲情に走ってしまった愚かな人間です。許してもらおうなどとは思っていません。

 私は15年一緒に暮らしていた男に裏切られ、財産をすべて持ち去られました。帰る家もお金もなく、住込で働いていたお店で、ある男性と知り合い、お付き合いを始めたのです。しかし、それも長くは続きませんでした。彼は自殺する直前になって、すべてを話してくれたのです。驚く事に、その男性はまなみの義理の父親だったのです。まなみが彼の息子である隆二さんの妻となり、しかもあんな辛い目に遭っていた事を初めて聞かされました。私は心臓が止まるのではないかと思うくらいの衝撃を受けました。こんな風に運命が巡って来るのかと……。まなみを抱き締めてやりたい。でもそれは許される事ではありません……。そんな時、自分が病に侵され、長く生きられない事を知りました。せめてまなみのご主人にだけでも会っておきたかったのです。彼に聞いていた通り、とても優しく思いやりのあるカナメさんを見て、安心しました。

 私は何も役に立てなかった人間だけど、彼が私の為に残してくれたお金と、私の少ない備蓄を役に立てて欲しくて、最後の思いを込めて書きました。彼は……、隆二さんのお父さんは、まなみを愛していました。嫁としてではなく、女性として。だから、身体を張ってまなみを守ってくれたのだと思います。だから、何があっても生きて行って欲しいのです。


 まなみ……、酷い親で、本当にごめんなさい。でもあなたの事は1日足りとも忘れた日はなかったです。それだけは信じてください。

 カナメさん、まなみをよろしくお願いします。

 皆様のご健康を祈願しています。さようなら』



 封筒には、隆二の父親の時と同じように、通帳と印鑑が入っていた。


「なんて事なの……。あの人のお父さんと付き合っていたなんて……」


 ふたりは言葉が出なかった。あまりに衝撃的な事実。そして皮肉な巡り合わせ。


 まなみがボソッと呟いた。


「いなくなってから謝るなんてずるい……」カナメは黙ったまま、ただまなみを抱き締めていた。


「でも、まなみのお母さんの消息がわかったんだ……。出来れば生きているうちに会わせてあげたかったけど……」


「うううん、会わなくて良かったのよ。これで良かったのよ……」


 まなみは自分に言い聞かせるように言った。


 カナメがふとひなたを見ると、座り込み、まだ言葉にならない声を出して喋っている。


 その視線はずっと向日葵の絵から動かない。


「まなみ、ひなたを見て!」


 まなみがゆっくりと葵を見る。


「あの子、カナメが帰ってくる前から、ずっとあそこにいるのよ……」


「えっ! 僕が帰る前から?」


「そう。まるで誰かとお話してるみたいに」


「…………!」


 カナメは母の温もりを感じた。



「まなみ……。ひなたは僕の母さんと、君のお母さんと3人で話してるんじゃないかな? きっとそうだよ。まなみはお母さんを感じないかい?」


「…………。あたしは何も……。でも、そうかも知れないね。子供には見えるって言うし……」


 それからひなたは、暫くの間、言葉とも歌とも言えない不思議な声を出し続けていた。





 翌日、カナメが帰宅すると、部屋中の所々に向日葵が置かれていた。


「どうしたの!? こんな大量の向日葵。家中向日葵だらけじゃない!?」


「ふふっ、お花屋さんに届けてもらったの。あなたとあたしのお母さんの為に。枯れるまでお祈りしようと思って」


「そっか。いいね。僕も祈るよ。ひなたが大きくなったら、いつか向日葵畑に行こう。きっとひなたも向日葵が好きになるよ」


「うん! 行こう!」



 カナメは、まなみの笑顔を見ながら、一生この笑顔を守ると心に誓った。



 ふたりの、いいえ、カナメ、まなみ、ひなたの3人の祈りが届いたかのように、家中の向日葵は長い間咲き続けていたのだった。








    ―完―





 向日葵~笑顔に戻るまで~ を最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 盛り上がりに欠ける展開になってしまいましたが、これが今の力量なのかも知れません。

 また勉強します。

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