命と命
「芝咲さ~ん、お入りください」
「ひとりで大丈夫?」
「大丈夫よ。ここで待ってて」
カナメはすでに先の事を考えていた。
お腹の子の父親は、間違いなくあいつだろう。だからって新しい命を摘むことなど出来やしない。
僕はまなみを守ると自分に誓ったじゃないか? どうすればいいんだ? カナメはなかなか結論が出せずにいた。
「ありがとうございました」
まなみが出てきた。
「まなみ……」
「カナメ……。ごめんね……。やっぱり……だった」
「なんで謝るの? まなみは悪くないじゃないか」
「どうしよう……」
「とにかく家に帰ろ」
ふたりは家に帰るまで、ほとんど会話出来ずにいた。
「まなみはどうしたいと思ってる?」
「……。あいつの子じゃなかったら、もちろん産みたいよ。でも、産んだとしても、この子を愛せる自信がない…………。一生あいつの影がつきまとうなんて耐えられない!」
まなみは泣き崩れた。
カナメはまなみの肩をそっと抱き寄せ、暫くしてから言った。
「あのさ、昨日からずっと考えてたんだけど。正直、僕もくやしかったよ。……。まなみはさ、もし、その子が僕の子だったら、喜んでくれたのかな?」
「……えっ! ……それは…………」
まなみはすぐに答えられなかった。
カナメに対する感情が、愛情なのかまだわからずにいたからだ。
カナメの好意に甘えて、同居はしているが、男性として見てなかったかも知れない。
「僕は初めてまなみに会った時から気になる人だった。まなみの笑顔がすごく可愛くて、まなみの笑顔をずっと見ていたいと思った。僕がまなみを守るんだって、勝手に意気込んでたんだ。だけど、今日自分の気持ちが更にハッキリしたよ。まなみがどんな状況になっても僕はまなみが好きだって事!」
「……カナメ……」
「まなみはどう? 僕と一緒に居たいと思う?」
「もちろん。だけど、それは愛情なのかどうか…」
「一緒に居たいって思ってくれる気持ちだけで十分だよ」
「でも、ただ甘えてるだけかも知れないし……」
「嬉しいよ。そう思ってくれるだけで。だから……、だからさ、僕達の子供だと思う事は出来ないかな?」
「えっ! 何言ってるの?」
「まなみのここにいる子は僕達の子だよ」
そう言ってお腹を触った。
「カナメ……。あなたって人はどこまでお人好しなの?」
「お人好しなんかじゃないよ! まなみが好きだからだよ!」
「カナメ……、ありがとう……。でも、そこまで甘えられないよ。自分の子じゃないのに愛せるはずないじゃない!!」
「まなみ! 僕達の子だよ? この子は僕達の子なんだ! 今日から僕達の子にしよう? あの人の事は忘れなきゃダメだよ! 一緒に暮らした日に授かった命なんだ。そのためには……、既成事実を作らないとね?」
「既成事実?」
そう言って、カナメはまなみを抱き締めると、優しくキスをした。
「!…………」
「嫌?」
「……イヤじゃない……」
カナメはもう一度キスをすると、今度は唇を離さないまま、まなみの身体を優しく押し倒してゆく。
カナメの手や唇がまなみの身体を火照らせる。
「んっ……」
カナメの終始優しい愛撫に、まなみも気持ち良くカナメを受け入れたのだった。
「これからは、毎日まなみの中に、僕の血をたくさん注入するんだ。うんと濃くなるようにね!」
「カナメったら!」
「まなみ……。愛してる。ずっと愛し続けるからね……」
「あたしも……。カナメをもっと好きになりたい!」
「好きにさせてあげるよ」
カナメは再びまなみの唇にキスをすると、身体を愛撫し始めるのだった。
――翌朝。
「今日お店に行けば、まなみの身体の具合を聞かれるだろうから、僕達の子が出来たと祝福してもらおうね! 今日からまなみは、僕の奥さんだ!」
「奥さん……。うん……。よろしくお願いします」
「よろしく任されます」
ふたりは照れながら笑った。
とは言え、不安がないわけではない。
将来の事を考えれば、隠し通せるかどうかわからない。だが、ふたりは何があっても立ち向かう覚悟を決めていた。
お店に行くと、案の定、オーナーとダイキがまなみを心配して来た。
「まなみさん? 体調はいかがですか?」
「え、ええ……、あの……」
「まさか! 何か見つかったんじゃないっすよね?」
「ダイキ。そのまさかが見つかったんだよ」
「カナメ……、ホントに言うの?」
「言うよ。ふたり共心配してくれてるんだから」
「先輩! 良くない事は聞きたくないっす。まなみさんが休んでも、オレ、ダイジョブですから」
「勝手に良くない事なんて決めるなよ」
「だって、良いものが見つかるわけないじゃん?」
「あ、あ、あー! もしかして?」オーナーが何やら感付いた。
「えっ、えっ、なんすか!?」
カナメは深呼吸をすると、まなみを見ながら報告した。
「僕達の血を受け継ぐ命が、ここに見つかりました」
ダイキ「へっ!!」
オーナー「やはりでしたか」
「いや~、やっぱりカナメは仕事が早い男だけあるなあー」
「仕事と一緒にしないでくださいよ!」
「せ、先輩が父親になるんすか? なんか複雑だなあー」
「どうゆう意味だよ。ダイキは大喜びしてくれると思ったのに……」
「もちろん、嬉しいっすよ! 先輩はいつもまなみさんの事、かわいい、かわいい、連発してましたからね。心配でしょうがなかったから、マジで嬉しいっすよ。でも、なんか、オレからどんどん離れて行く気がして……」
「おまえは親か!」
「ダイキくん、あなただって、彼女が出来れば、カナメから離れて行くんだから、お互い様でしょ?」
「オレ……、彼女出来る気がしないんすよね」
「なんで? ダイキくん、カッコいいじゃない? モテるでしょう~?」
「カ、カッコいいっすか!? オレ!? マジっすか? 先輩! オレ、カッコいいっすか?」
「そうゆう落ち着きないところを直せばな」
「ふ~、先輩に認めて欲しかったっす……」
「ダイキくんはホントにカナメの事が好きなのね? 取られないように気をつけなきゃ」
「オレは先輩の子は産めませんからね。まなみさんには100%勝てないっす」
「おまえさ、そんな当たり前の事、真面目な顔して言うなよ」
ダイキはムードメーカーだ。
「さあ、そろそろ仕事にとりかかりますよ。まなみさん、安定するまで無理しない程度にしてくださいね」
「ありがとうございます。お言葉に甘えますので、よろしくお願いします」
それから半年後、ふたりは籍を入れた。
その日の夜、ふたりがソファーでくつろいでいると、テレビから信じられない衝撃的なニュースが流れて来た。
父親が息子を刺し殺し、その父親は自殺してしまったと言う殺人事件。
その息子とは隆二だった。つまり、殺して自殺したのは、まなみの元義父。殺されたのは、まなみの元夫。
「な……、ん……、て……こと……。ほんとなの……。なんでお父さんが隆二を……」
まなみは忘れたい顔を再び目にする事になってしまった。まさか被害者と加害者になるなんて……。
まなみは、心臓がドクドクしてるのがわかった。暫く身動き出来ずに呆然としていた。
カナメはまなみを抱き寄せ、ただただ黙って強く抱き締めた。カナメにはまなみにかける言葉が思い浮かばなかった。
事件が起きてから3日後、まなみ宛に手紙が届いた。差出人は隆二の父親の名だ。
実は、まなみは入籍する事を伝えていた。通帳のお礼も言えずに月日が経ってしまったから、せめて今は元気です、と伝えておきたかったからだ。もちろん、子供の事は伝えていない。
まなみは震える手を抑えながら、ゆっくり封を開け、手紙に目を通す。
『まなみさん、結婚おめでとう。ほんとに良かったです。幸せになってください。私達はもうこれですっかり縁が切れました。隆二があなたに会う事もないでしょう。事実は闇に葬られました。もう思い出さなくていいんですよ。 これからは、カナメさんと幸せに暮らしてください。どうかお元気で。さようなら』
まなみは涙が止まらない。
義父さんは、まなみを命をかけて守ってくれた。
恐らく、執念深い隆二が、再びまなみに近付く事を恐れたのだろう。
「義父さん……。ありがとうと言っていいの? ……義父さんも辛かったのよね……安らかに眠れるのかな……」
カナメはまなみの涙を拭いながら、頭を撫でた。
「僕が感じるのは、多分、あの人のお父さんは、まなみが好きだったんじゃないかな? 義父としてではなく、男として。だから愛する女性を命をかけて守ったんだと思う。僕にはそう思えるんだ」
「まさか……。そんな……」
「僕も一応男だからね。何となくわかるんだ。僕もどっちかって言うと、陰で見守る一途な人間だからさ」
「あたしに対しては違くない? あたしはカナメのペースにまんまと乗せられている気さえするんだけど」
まなみは少し微笑んだ。
「そう! その笑顔! まなみは笑顔がよく似合う。だからもう辛い事は忘れよう。義父さんだって、それを望んでいたからあんな事……。その気持ちを受け止めなきゃ。って言うか……、そのためにも、僕が一生かけてまなみを守るよ」
「カナメ……。そうだよね。私達幸せになんなきゃだよね!」
「あれ? まなみは今幸せじゃないの?」
「そ、そんな事ないよ。幸せだよ? こんなにもみんなに愛されてるんだもん」
「みんなに?」
「あ……、カ、カナメに……です」
「はは、無理やり言わせてるね、僕は」
「無理やりじゃないよ! ホントに嬉しいの。こんな幸せな日が来るなんて思ってなかったから……。カナメに出会えて、カナメが愛してくれて……。あたし、ホントに幸せだよ」
カナメはまなみを後ろから抱きしめると、首筋にキスをした。
「僕はまなみの笑顔が曇らないように、ずっと笑顔でいられるように、まなみを愛し続ける。だから安心して僕についてきて欲しいんだ」
「もちろんよ。カナメは強いもんね。若いのに」
「そう、若いくせに」
カナメは苦笑いしながら続ける。
「まなみの存在が、僕を強くしてくれるんだよ。そして産まれてくる僕達の子のためにも、僕はもっと強くなる!」
カナメが僕達の子だと自然に出た言葉が、まなみは嬉しかった。
カナメは大きくなって来たまなみのお腹を擦りながら「ねえ? いつまで出来るの?」と聞いてきた。
「えっ? あ……。う、産まれるまで出来るわよ。体勢工夫すれ……!……んっ……」
カナメの手が、まなみの敏感な部分へと動き始めていた。




