証拠
二日後。
カナメが閉店後の清掃をしていると、電話が鳴った。
ダイキが出る。
「はい。レストラン奏です」「そうですが……。あ、あの……、かあちゃんに何か?」「良かったー」「えっ……。はい、今代わります」
「先輩、かあちゃんの病院からです」
「僕に? ……なんで?」
「カナメさんいますか? って。病院の先生みたいっす」
カナメに代わる。
「もしもし?」
『ああ、君がカナメくんか? わたしは芝咲まなみさんの担当医師の杉下です。実は、ちょっと芝咲さんの事で、頼みたい事があるのですが、聞いて貰えますか?』
「えっ!! まなみさんの事?」
――暫く通話が続く。
「わかりました。僕が出来る事なら何だってやりますよ」
電話を切ると同時に、ダイキがカナメを見る。
何故か目がイキイキしているダイキ。
「先輩! 自分も全力で立ち向かう覚悟は出来てますよ!」
「おまえ、何するかわかってないだろ?」
「わかってます! 人助けっすよね? しかも先輩の大事な人の!」
「だいっ…………」
「オッシャ! まずは作戦会議っすね?」
計画実行は、まなみの夫が出張している3日間で、すべてを終わらせなければならなかった。
カナメもダイキもお店があるため、深夜に動くしかない。
そして、実行した。
――3日後――
隆二が病室に入ると、まなみがいない。
暫く待っていたが、なかなか戻って来ないため、隆二は院内を探し始める。
すると、まなみは入院患者が利用する休憩室で、男と喋っていた。
チッ。
「まなみ。こちらさんどなたかな?」
「あ、隆二……。この人ね、お母さんが入院してて、あたし、そのお母さんによく話相手してもらってるから、そのお礼を言ってたところなの」
「それはそれは。いつもまなみがお世話になりまして。さあ、部屋戻ろう」
まなみは男性に目配せをすると、隆二に手を引かれて行った。
『先輩。彼女が野郎と部屋に戻りました』
まなみと話していた男性はダイキだった。
――310号室――
「まなみ。あれほど言ったじゃないか!」
「ただ話をしてただけじゃない!」
「まなみ! おまえは俺だけのものなんだ。誰にも渡さない」
隆二がまなみを抱きしめる。
「いや! あたしはもう隆二の思いどうりにはならないわ!」
まなみは隆二を突き放す。
「何だって?」
「隆二はあたしを暴力で繋ぎ止めてるだけよ。このままだとあたしは死んじゃうわ。あたしはまだ生きていたいの」
「まなみ……。どうして君が死ぬんだ? 俺が守ってあげてるじゃないか」
「は? 守ってる? 暴力が?」
「君に悪い男が付かないようにだよ」
「意味がわからない……。あたしにとっては隆二が悪い男よ!」
「まなみ……。俺には君しかいないんだ。まなみだって俺しか頼る人なんかいないだろう?」
「これから探すわ」
「ダメだ! お願いだから俺のそばにいてくれ!」
「隆二……。あたしはあなたの言葉を信じてた。きっとまた優しい隆二に戻ってくれるって……。でももう限界。何度も裏切られてきたわ。あなたは病気よ。精神の病気。わたしじゃ治してあげられないわ」
隆二は、病気だと言われた事に逆上する。
「まなみは俺のものなんだ!」
隆二はまなみをベッドに押し倒し、馬乗りになると、頬に平手打ちを繰り返し、両腕を押さえつけた。
「りゅう……じ……、こんなこと…まだ続ける……つもり?」
「黙れ!」
隆二は再びまなみの頬を殴ってきた。
まなみは足で壁をたたく。
するとドアが勢いよく開いた。
「そこまでだ!!」
「…………!?」
「警察だ。芝咲まなみさんから被害届けが出てるんでな。さっきの様子も撮らせてもらったよ」
「芝咲? ……まなみ? 何で旧姓なんだ!」
「それから、おまえさんが芝咲さんに与えた数々の危害状況証拠がこれだ」
刑事達は証拠が入った箱を、隆二に広げて見せた。
そこには、日々の暴力の詳細がびっしり書かれたノート。身体のアザの写真。医師による診断書等が数十枚入っていた。
「これだけ証拠がそろえば、起訴だってできるんだぞ」
隆二はがっくり項垂れると観念したかのようだった。
「俺はまなみを離したくなかった……。ただそれだけなのに……」
「暴力はな、人を傷つけるだけで、何も生まれやしないんだ。おまえは1日も早く病気を治す事だな」
「俺は病気なんかじゃない!!」
「自覚してる人間は暴力には走らねーんだよ!」
隆二は刑事に連れて行かれた。
「刑事さん? あいつは芝咲まなみの名で被害届を出したんですか?」
「ああ、そうだ。おまえさんの姓を名乗りたくなかったんだろうよ。彼女の心の傷は、それだけ深いってことだな」
「じゃあ、あいつはまだ俺のもんなんですね?」
「おまえ、まだ彼女を縛り付けておくつもりか? いいか? 彼女の気持ちの中にはおまえはもう微塵も残ってないんだぞ! おまえの元に戻る事は二度とないんだ!」
「何でわかるんですか?」
「……刑事の勘だよ……」
刑事達は知っていた。隆二はすでに偽造離婚させられていた事を。
だがそれは刑事達の胸の中に収められたのだった。
――310号室――
病室には担当医師、カナメ、ダイキ、そして隆二の父親がいた。
「先生、ほんとにありがとうございました。なんてお礼を言ったらいいか……」
まなみは深く頭を下げた。
「いやいや、わたしは提案をしただけですよ。礼を言うなら彼らに言ってください」
「もちろん、みなさんに感謝してます。ほんとにありがとう」
「まなみさん……、隆二の事、許してやってくれとは言わん。わしがばかな隆二を説得する。だから、どうか幸せになって欲しい」
「お父さん……」
隆二の父親は一礼すると病室を出て行った。
隆二の父親は、離婚届に隆二の筆跡で判を押し、役所に提出していた。
カナメとダイキは、まなみから鍵を借り、隆二宅に不法侵入して証拠物を持ち出した。
医師は、知り合いの刑事と内密で連絡を取り、病院で現行犯扱いにするよう依頼していた。
「まなみさん、良かったっすね! 先輩! これで安心してまなみさんと付き合えますよ」
「えっ……!」
「おい、ばか、何言ってんだよ!」
「だって、まなみさんは先輩の大事な人なんすよね? だから危険を侵してまで、まなみさんのために頑張ったんじゃないんすか? 俺は、大事な先輩のために頑張りましたけどね!」
「まあ、まあ、これからの事は3人で仲良く決めてください。とにかく、まなみさんが無事だったのですから、良かったじゃないですか。今日退院していただいて大丈夫ですからね。ああ、頬の腫れが引いてからのほうがいいかな? それから……」
そう言って、医師は紙袋をまなみに手渡す。
「彼のお父さんから預かりました。自分からだと受け取らないだろうから、わたしからまなみさんに渡して欲しいと頼まれていました」
「お父さんから?」
その紙袋には心ばかりのお菓子と通帳と印鑑が入っていた。
「これは……」
「恐らく、息子がやらかしたお詫びのつもりでしょう。精一杯の償いなんだと察しますよ」
「お父さん……」
まなみは涙が止まらなかった。あんないいお父さんなのに、なんであんな息子になってしまったのだろう。彼の父親が不憫に思えて仕方なかった。
「まなみ……さん?」カナメはたまらず、まなみの肩を抱いた。
「もう……まなみでいいよ……」
〈先生、俺達、お邪魔っすよ〉
ダイキは小声で言うと、医師と共に病室を出た。
「カナメ……、ほんとにありがとう。あなたがいてくれて良かった。心からそう思う。あたしには誰も頼る人いなかったから……。ほんとに感謝してます……」
「まなみ……さ(ん)……。まなみ! これからは僕に頼っていいですからね。行くとこないんでしょ? 僕のところに来ませんか? 一緒に暮らしましょう」
「カナメ……。いいの? その……彼女……とか……」
「やだなぁー、彼女なんていませんよ。いたら一緒に暮らそうなんて言うわけないじゃないですか! それにさっきもダイキにからかわれたばっかだし」
「そ、そうだよね。でも迷惑なんじゃあ……」
「あれ~、まなみって意外と謙虚だったりするんだねー」
「意外ってなによ!」
「そうそう、その感じ。やっとまなみらしさが戻ってきたみたいだ」
カナメは緊張が緩んできたのか、会話が自然になってきていた。
「まなみ……。あなたの笑顔がもっと見たい。僕はあなたの笑った顔が大好きなんだ」
「カナメ……。ごめん……。今は痛くて笑えない……」
「あ! あ、あ、ご、ごめん。無理しなくていいから」
カナメはまなみの両頬を撫でながら、目を見た。
「芝咲まなみって、旧姓だったんだね……。辛かったろう? 今は泣いていいんだよ」
「ううん、もう辛くて流す涙は残ってないわ。残ってるのは、嬉し涙だけだよ」
カナメはまなみを抱きしめながら、まなみは僕が守ると心に誓うのだった。
病室の廊下では医師とダイキが話していた。
「遅いっすねー。あのふたり。まさか中でしてたりして…」
「ダイキくん! しててもいいじゃないですか。好き同士なら」
「先生! 理解有り過ぎ!」
「はっはっ、冗談ですよ。あのふたりはまだしてないですね。そうゆうふたりです。きっとこれから濃くなって行くでしょう」
「先生……。パネーす!」
「あ、ダイキくん。一応わたしは医者なんでね、忙しいのですよ。ふたりの事、頼みましたよ! あ、お母さんもお大事にね。ではまた。あー、病院だから、あまりまたはないほうがいいですね! ではよろしくねー」
「先生……。俺、また来たいっすわ……」




