胸騒ぎ
奏ではカナメの指導を受けながら、ダイキが奮闘している。
ダイキは髪を短くしてからやる気が出たのか、根を上げる事もなく、昔から愛想笑いは得意分野だから、お客さんの受けも悪くはない。
「お客さんの顔が生き生きしてないか?」
師匠がカナメに話しかける。
「そう言われれば、なんだか楽しそうですね。こっちとしてはありがたい事ですけど」
「ダイキは人を惹き付ける素質があるのかもなあ〜」
「あいつはあそこまで髪を短くした事ないんですよ。僕も驚きました。こいつこんな男前だったのか? って」
「そうか。女性のお客さんは彼目当てってのもあるな」
「師匠……。僕の立場は……?」
「ははは、カナメは腕で勝負しろ。わたしもだがね」師匠は苦笑い。
「ふぅ~、やっぱ女性はイケメン好きなんですね……」
「男だって、美人でかわいい人が好きだろ? 一緒、一緒。眺めるだけで気持ちが明るくなるってもんさ」
「眺めるだけ……ですか……」
カナメはまなみの事を考えていた。
眺めるだけじゃなく、話しも出来たし、自分の作った物を食べてくれたんだから、これ以上求める方がどうかしてる。
名前しか知らない人なんだから。
しかし、カナメはまなみに会いたかった。
気になって仕方がなかった。
ある週の定休日。
カナメは昼まで寝ていたが、携帯のバイブで目が覚める。
『あ、先輩! 起きてました?』
「起きてたよ」 嘘。
『実は……、かあちゃんが事故って、今病院なんすけど、明日だけ休ましてもらっていいっすか?』
「はっ!? 事故った!?」
『いや、命に別状はないんすけど、念のため検査とかするらしいんすよ。出来れば、明日まで付いててやりたいんで、いいすか?』
「もちろんいいよ。師匠には僕から話しておくから心配いらない。でもほんとに大丈夫なのか? あ、病院どこ? 今から行くから」
カナメはダイキの母親が入院した病院へ急いだ。
ダイキの母親は軽い怪我で済んだらしく、元気そうなので、少し話をしてから病室を出た。
待合室の自動販売機で飲み物を買おうと、自販機の前に近づくと、目の前の女性の姿に思わず足が止まった。
《ま……、まなみさん!?》
まさか……。でもあの横顔は間違いない。
カナメは話しかけようとしたが、足が動かない。
《人違いかも知れない……。こんなところにいるわけないよな……》
すると、その女性もカナメに気付いた。
数秒間見つめ合うふたり。
「カ……カナメ?」
「まなみ……さん……だよね?」
「なんであなたがここに?」
「ああ……、後輩のおふくろさんが入院しちゃって、様子見に来たんです」
「そ、そうだったんだ……」
「まなみさんの方こそ、どうしたんですか? その格好って事は、入院してるんですよね?」
「あ、うん……。ちょっと頭打っちゃって…」
ふたりは椅子に座って話を続けた。
「お店に全く顔出さなくなったから、気になってたんです。こんなことなら、俗の名前も教えてもらえば良かったって後悔してた……。まさか入院してるなんて思いもしなかったですよ」
「あたしだって思わなかったわよ」
「頭打ったって、大丈夫なんですか?」
「あ、うん……、多分、頭は大丈夫……」
「頭は、って……。他は大丈夫じゃないんですか?」
まなみは視線を下に落とすと、ゆっくり首を横に振る。
「大丈夫よ。心配しなくても。あ……、それからね、俗の名前なんてないのよ」
「えっ!」
「別の人間になりたかったの……。別の人物になって、そっちで生きてみたいって、そう思っただけなんだ」
「別の……人物……」
「なーんてね!」そう言って笑った。
うわ! スッピンの笑顔も超かわいい!
そう思った瞬間だった。
まなみの表情がみるみる青ざめて来るのがわかった。
「カ……カナメ……、あ、あたし、もう戻らなきゃ……。じゃぁね」
まなみは椅子から立ち上がると足早に歩き出した。
「まなみ……?」
その時。
「まなみ! ちょっと待てよ!」
カナメの後ろから男の声がした。
彼はカナメの前で止まると「失礼ですが、あなたはどなたですか?」と訊ねてきた。
「えっ! ……。えっと……」
そこへまなみが慌てて戻って来た。
「隆二! この人は何も関係ないわ。あたしが具合悪そうにしてたから、話しかけてくれただけなの! 知り合いでも何でもないから!」
「あぁ、そうでしたか。それはどうも。ご心配には及びませんので。まなみ、あんまり無理しちゃダメじゃないか。さぁ、部屋へ戻ろう。それじゃ、失礼します」
男は軽く会釈をすると、まなみを連れて行った。
まなみは振り向き様にごめんと目で言っているようだった。
カナメは暫く茫然としていた。 そうだよな。彼女に彼氏とか旦那とか居たって、不思議じゃないじゃないか。何をひとりでドキドキしてたんだろ。僕はなんて馬鹿なんだ。
カナメは、今更ながら自分の浅はかさに気付いた。
しかし、まなみのあの恐怖にも思える表情と、カナメを知り合いではないと否定した言動。
彼氏か旦那なら普通はもっと笑顔にならないか? 何かおかしい。
まなみはカナメに助けを求めているようにさえ思えて来た。
僕に何か出来る事があるのか? だが、事情もわからないカナメにはどうする事も出来ない。
――310号室――
まなみはベッドに座らされた。
「あの男、ほんとに知り合いじゃないんだよな?」
「ほんとよ……」
「まなみ……。お願いだから知らない男と気安く話すのはやめてくれよ」
「だから、あの人はあたしを心配してくれただけだってば!」
「まなみの事は俺が心配すればそれでいいんだよ」
《なにが心配よ! ただの嫉妬じゃない!》
隆二はまなみを抱き寄せ、キスをしようとした。
「や、やめて!!」
隆二をはねのける。
「まなみ!」
隆二はまなみをベッドに押し倒し、乳房を掴んだ。
「やめて! お願い! ここは病院よ。あたしが大声上げれば、すぐに看護師さんが飛んでくるわ」
「わかったよ。ならこうすりゃいい」
隆二はベッドの脇に掛けてあるタオルを取り、素早くまなみの口に猿轡をした。
「! んぐっ……! ……!」
「まなみは俺から離れられないんだよ」
《《いや、やめて!!》》
隆二は必死に抵抗するまなみの腹に一撃すると、まなみの身体を愛撫し始めた。
ぐったりしたまなみを見下ろし、自分の物を剥き出すと、無理やりまなみの中に挿入してきた。
動けなくなったまなみの中で、激しく腰を振る隆二。
《……カナメ……》
薄れ行く意識の中で、カナメの顔が脳裏に浮かんだのだった。
――翌日。
まなみは医師に懇願した。
「先生……。大部屋に移してもらえませんか?」
「大部屋に? 個室の方がゆっくりできるでしょう? それに、退院するまで個室にいさせてやって欲しいと、ご主人からの強い要望もあるのですよ」
まなみはため息をついた。
「本人が移りたいと言ってるんです! それに……、そんな重症でもないでしょう?」
「何か不安でも?」
「個室は……怖いんです。誰もいないし、またあの人に暴行されるんじゃないかと思うと、安心できなくて……」
「ここは病院ですよ。いくらご主人でも、ここでは出来ないでしょう?」
《先生!!!!》
まなみは、隆二に無理矢理犯されたとは、どうしても言えなかった。何しろまだ夫婦なんだから。
まなみの落胆振りに、医師は何かを察したのか、ひとつ提案があると言ってきた。
病室で暫く話す医師とまなみ。
………………
「じゃあ芝咲さん、わたしの指示に従ってもらいますが、大丈夫ですか?」
「ええ……。それであの人から離れられるんだったら、何でもやります」
「きっとうまく行きますよ」




