レストラン【奏-かなで-】
彼女にまた会いたい……。カナメの気持ちはどんどん膨らんで行った。
彼女の素性も知らずに……。
ここはシェフが経営するレストラン【奏-かなで-】
鳴瀬カナメは見習いシェフ兼ウェイターとして働いていた。まだお昼前だが、数人のお客様がテーブル席で食事をしている。そこへ女性が一人で来店し、カウンター席の一番奥に座った。
「いらっしゃいませ。ご注文がお決まりになりましたら……」
「あ、ランチとかあるんだったら、それお願いします」
彼女は、カナメが喋り終わる前に注文した。
「かしこまりました。ランチは日替わりになっておりまして、本日のメニューは……」
「あたし、好き嫌い無いからダイジョブだから」
またしてもカナメが伝える前に言い放った。しかも、彼女はメニューどころか、カナメの顔さえ見ず、ノートを取り出し、すでに何かを書き始めていた。
それから彼女は毎日11時45分頃に来店し、12時20分近くに店を出て行く。そして、1週間空けて、また1週間来店と言う不思議なお客様だった。
ある日、シェフの身内に不幸があり、どうしても二日間店を閉めなくてはならなくなった。
「カナメ、二日だけだが、まだ食材あるから、好きなだけ厨房使ってていいぞ」
「ありがとうございます! 有難く使わせていただきます」
そして木曜日、カナメは朝から仕込みをしていた。
11時30分を過ぎた。
《あの人、今日も来るかなー。お店休みなの知ったら、どこ行くんだろ……》
カナメは急いで店の脇に出ると、彼女が来るのを待っていた。予想どうり、彼女はやって来た。
店の前で足を止め『本日から二日間、店主の都合により休業とさせて頂きます。又のご来店を心よりお待ちしております』と書かれた看板を復唱すると、困ったなぁ~、と辺りを見回す。
カナメは店の前に出て行くと、思いきって話しかけてみた。
「あ……、あの……」
「はいっ?」
「こ、この店で働いてる者です」
「あっ……。普段着だからわからなかったわ。今日お休みなのね。どうしよ、どっかないかな? あたし、この辺だと、ここしか知らないのよね……」
「あの……、もし良かったら、僕、作りますから、食べて行きませんか?」
「えっ! ……」
「あ、も、もちろん、お代は頂きません! まだ修業中ですから」
「いいんですか? あまり時間もないので、そうして頂けるとありがたい。 じゃぁ、お願いしてもいいかな?」
「ありがとうございます! こちらからどうぞ」
勝手口から店内に通すと、彼女はためらいもなくカウンター席に座った。
カナメは急いで着替えて準備を始める。
彼女はカウンター越しから厨房を覗いていた。
「やっぱ半人前の仕事は気になりますか?」
「あ、ごめんなさい。そうゆうわけでもないんだけど、なんとなく……」
そう言って笑った。
わっ! 笑顔が超かわいい。カナメは初めて彼女の笑う顔を見てキュンとなってしまった。
「きょ、今日は書き物とか、しないんですか?」
「あぁ……、なんか、お店なのに、他に人がいないって、落ち着かないもんよね。ザワザワしてた方が頭の中が働くみたい。変かな?」
「いえ、いえ、僕もどちらかって言うとそっち寄りなんでわかります」
「でしょう! だから今はちょっと止めときます。……そういえば……、あなたのこと、ちゃんと見たの今日が初めてな気がするけど、意外と若かったのね」
「意外と……ですか? かなり若いんですけど」
「あら、失礼しました。じゃあ、まだ15くらいかしら?」
彼女はからかって来た。カナメも、まぁ遠くないですね、と返す。
店の外では、休業の看板を見て残念がる声が聞こえてくる。
「お店開けちゃいましょうか? 今日はただですよー、って」
「ダ、ダメですよ、あなたにだけ特別なんですから」
「ん? なんであたしにだけ?」
「なんで……って……、なんでですかね? ……僕にもかりません」
それから数分後。
「はい、大変お待たせ致しました。カナメ特製オムライスでございます」
「カナメ? この店、かなでよね?」
「僕が作ったからですよ。僕、名前がカナメなんで」
「なるほど~、では、いただきます!!」
彼女が一口食べる。
「ん~、あれ? 美味しいじゃん! これ! うん、うん、美味しい!」
「良かったぁー、じゃ、僕もご一緒していいですか?」
「えっ? なに? あたしは毒味役?」
ふたりはカウンターに並んで、オムライスを完食した。
「こんなに美味しいのに半人前なの?」
「師匠のOKが出ない限りお客様には出せません」
「そっか……、なかなか厳しいのね。ご馳走さま! なんか100円くらい払わないと申し訳ないくらい」
「100円の価値ですかぁ……」
「冗談よ、美味しかったわよ。冗談抜きで。ありがとう」
彼女はニコッと微笑んだ。
うわ! メッチャかわいい!!
「あの……、明日も来てください。僕待ってますから」
「ほんと? じゃ、また来ようかな?」
よっしゃ! 明日も作るぞ! オムライス!
次の日の11時30分。
勝手口のドアを叩く音がした。彼女にしてはちょっと早いな? 誰だろ?
「どなたですか?」
「昨日のあたしでーす。今日も食べに来ましたよー、オムライスゥー」
カナメはドアを開けると同時に言った。
「ど、どーして今日もオムライスだと思うんですか!?」
「あれっ、違うの?」
「ち、違わないけど……」
「今のカナメの自信作なんでしょ?」
カナメは見透かされてるようで恥ずかしかったが、その通りだから仕方ない。
「今日はいつもより早いんですね?」
「あら? そうだった? 気にしてなかったわ。いつもよりお腹空くのが早かったのかもねー」
彼女は早く作ってと目で急かす。カナメは嬉しくなって、今日も精一杯作った。
彼女は今日も美味しいよー、と言って食べてくれた。彼女の笑顔はたまらなくかわいい。カナメはつい見つめてしまっていた。
彼女に「なに?」って言われて我に返る。
「あの……、あなたの名前、教えてもらえませんか? 僕は鳴瀬カナメっていいます。鳴門の鳴に瀬戸内の瀬。カナメはカタカナでカナメ。ってゆうか、さっきからカナメって呼び捨てされてますけどね」
「あれ、そーだった? あたしね、名前ふたつあるの。俗の名前とほんとの名前。どっちがいい?」
「もちろん、ほんとの名前……えっ!俗って……、あなたは有名人なんですか!?」
「だったら?」
「あ……、すみません……。だとしても、僕は失礼ながら、その…、存じ上げておりませんので、ほんとのお名前で十分かと……」
彼女は、十分か~、カナメは正直だわ~、とゲラゲラ笑った。
「あたしは芝咲まなみ、芝生の芝に花が咲くの咲。まなみはひらがな。まなみでいいよ。あ、年上に呼び捨てはないわね~」
「まなみ……か」
「へ……、早速……、まぁ、いっかぁ」
まなみは恥ずかしそうに笑うと、もう帰らなきゃ、と言って店を出て行った。
「また来てくださいね」
「……。チャンスがあれば」
バタン……。
まなみは久し振りに笑った気がした。まだ自分はちゃんと笑える。以前の自分を取り戻したい。 そう思いながら奏を後にした。
それから、数週間、まなみは店に姿を現していない。カナメは気にはなるもののどうする事も出来ずにいた。
彼女の情報が少なすぎる。こんな事なら俗の名前を聞いときゃ良かったと後悔していた。