二章 『出会い』→『決意』(『虚偽』→『真実』) 2
「が……あ!?」
思考も回避も防御もできないまま月波は、腹に大きな衝撃を受けた。肺の空気が一気に吐き出され、胃の中身が逆流しそうになる。再び意識を狩りとろうとするそれに今回は身をゆだねるわけにはいかない。
なぜなら、
(敵襲か!?)
その可能性がある以上、抵抗もできないような意識不明状態になるのは最も避けなければいかないことだと一瞬で判断する。
苦痛の波の中でなんとか情報を得ようと目を動かす。
まず視界に入ったのは同僚の白雛照日。彼女はいつの間にかベンチの上から離脱して二メートルほど離れた場所でこちらに驚いた視線を向けている。
次に目に入ってきたのはさっきの『何か』だった。それは薄い緑色の布のようなものにくるまれていて、運動エネルギーを使い果たした今もなお、月波の体の上に停留していた。
それがモゾリと動いた。一瞬のうちに危機レベルが跳ね上がる。冷や汗が吹き出る。
こんな状態ではなにもできないと踏み、目の前の『何か』をくるんでいる布を右手でつかみ、自らの体の上から引きずり落とそうと思いっきり引っ張った。仰向けに転がっているうえに腹の上のおもりのせいでまともな力も入らなかったが、薄緑の布はこれといった抵抗もなく体の上から排除され、ベンチ横に放り出された。
そうその薄緑の布だけが。
取り払われた布から最初に見えたのは、月波よりも一回り小柄な背中。色素を感じられない白い肌。長くて混じりけのない黒い髪。その下には……なんか表現してはいけないような桃色空間が広がっていた。
再び結論から言うと、そこにはなにも身に纏うものがない少女がいた。
「…………………………………………は?」
いや身に纏っていたものはあったのだろう。横目で確認してみるとさっきの薄緑の布には腕を通すための袖口があり、体の前方で結ぶための紐もついていて、まるで病院の入院着のようだった。そして入院着というものは着がえやすいようになっているものだ。
こんな状況にもかかわらず冷静な考えが浮かんでくるものだと思った時、いきなりその少女がくるりと体を百八〇度回転させた。
「!!!!!!!」
バッ、っと反射的に顔を横に逸らす。
一瞬だけ不可抗力で見えたのは見えたのはうつむかせた顔だけであって、しかもそれは髪の影に隠れて見えなかった。
しかしこの状況はヤバイ。上に乗っているのが少女だと分かると、触れ合っている部分から服ごしにぬくもりが伝わってくるような感じさえした。
(お、落ち着け俺そういえばさっきまで襲撃者だと思ってたんだっていうかそれはまだ確実に疑いが晴れたわけじゃない見た感じでは武器を隠してなかったと思うけどってナニ思いだしているんだいやでもはっきり見たわけじゃないからまだ分からないなだからもう一度ちゃんと確認しないとそうこれは身の安全のためであって決して自らの欲望のためではないのだぁぁぁぁぁぁ)
横を向いたままの心の葛藤が終わりを告げた時ジャリッ、っという砂を踏みしめる音が聞こえた。
しかし、そんなことはどうでもいいと顔を上げようとした時、再度顔をガシッ、っと片手で鷲掴みにされその動きを止められ、そのまま元の位置(横を向いた状態)に戻される。
そこにはわざわざベンチに寝転んだ月波に目線を合わせるようにしゃがみこんだ白雛の顔があった。二人の顔の距離は間に鷲掴みしている手があっても三〇センチもない。普通なら女の子とそんなに顔を近づけたらドキドキしたりするものだろう。だが月波にそんな感情は一切生まれなかった。
なぜなら彼女の左手にはバレーボールほどの金属の塊が浮かんでいたから。
それは単純な鈍器としても使える重量を秘める恐ろしい物体。しかもそれは時間とともに変化している。なんか突起部分があらわれていて殺傷能力が増えていることを気のせいだと思いたい。
そこまで見て白雛の顔に視線を向ける。そこにあったのは予想に反して、笑顔も、怒りも、殺気もない完璧な『無表情』。しかしそれが最も白雛が怒り狂っている状態であることを月波は知っていた。
ガタガタガタガターーと体の震えが止まらなくなる。
「あのー、白雛サン? ワタクシはただこのよくわからない状況を打破しようとしただけであって決して欲望に身をまかせようとしたわけではなくてですね……だから」
「言いたいことはそれだけかしら?」
必死の言い訳も一言でバッサリと切り崩される。
「いや、ワタクシは敵襲だと思ったんですよ。こんなよくわからないステキイベントパートⅡに突入するなんて考えていなかったわけで、そもそも今俺の上に乗ってるのは誰? なんでこの状況で沈黙なの? っていうか助けてくださいお願いします」
「ほほぉー。アンタはこんな状況で裸の女の子に助けを求めるのね。そしてそのどさくさにまぎれてまたこの子の裸が見たいと? 安心しなさい。この子が沈黙しているのはアンタのそんな変態発言に若干ひいてるだけだから。事情はアンタが死んでいる間に聞いといてあげるから、安心して逝ってきなさい」
どこに安心すればいいんだよぉぉぉぉ、という月波の悲痛な叫びもむなしく月波は本日三回目の気絶を強制実行された。