二章 『出会い』→『決意』(『虚偽』→『真実』) 3
月波葬夜は寒気を感じて、朝の起床から数えて本日三度目の目覚めを迎えた。
なにかさっきまでより肌寒く感じる春の風に違和感を持って目を開けると、自分が無造作に地面に転がされていることに気付いた。
なんで休日に一人地面に転がっていないといけないのだと、心の中で一人涙を流すが公園の地面にうつぶせの格好で寝ている男子高校生の卵に同情する物好きはいない。
さきほどのヒザマクラー、のようなステキなイベントが何度も起こるはずもなく、というより一緒だったはずの同僚の白雛照日の姿を見つけることもできず、さらになんで眠っていたのかということも思いだせない。
「っていうか、さっきの膝枕も夢……じゃないよな? まさか俺の痛々しい妄想でしたっ! なんてオチだったら、もう俺って救いようもない人間じゃねぇか……」
自らの独り言がさらに心をえぐったのか、少年は何かを悟ったような表情でただ目の前に広がる公園の地面を眺めながら、負のオーラをまとった。
数分後の時を経て、月波はようやく自分を取り戻した。
「まずは、テルのやつと合流しないとな……。携帯は、っと」
大雑把なこれからの行動指針をつぶやきながら上半身を起こし、月波は携帯電話を入れていた場所、制服のブレザーのポケットに手を突っ込もうとして初めて違和感の正体に気付いて、思わず声が漏れた。
「あれ、制服がない……」
正確にはその言葉は少し違う。現に今、月波はちゃんと明日から通う高校指定の黒いズボンをはいているし、同じく指定されている白のYシャツをちゃんと纏い、その下の赤いTシャツも健在で、ついでに唯一の装飾品である四つの指輪が通してあるチェーンも首に掛かっている。
しかし、そんなことはあまり重要ではない。重要なのは月波は携帯などの貴重品をズボンではなく、ブレザーのポケットに入れる癖があり、当然今日もそうしており、なおかつそこには財布も含まれていて、そしてそのブレザーが寝ている間に消えているということである。
「つまり、財布も携帯も盗まれたってことじゃねぇかぁぁぁぁ!」
回りくどい思考の末にたどり着いた月波のそんな悲痛な叫びは誰に届くこともなく、月波は度重なる不運な出来事に半分心が折れ、地面に手をついて、うなだれた。視界が地面だけになったが気にもならない。
「ちょっとアンタ、なにやってんのよ?」
そんな少女の声は突然だった。正確には放心していた月波には時間の感覚が薄れていたので突然だと感じた。
「……テルか……。今わたくしは、度重なる苦行に心を打ちのめされて悲観していて立ち上がれないから用件は簡潔に頼む」
なぜかうつむいたままいつもより難しい漢字の多い月波の発言に若干引きながらも、少女、白雛照日は月波に話しかける。
「苦行って何よ? 大げさねぇ」
「いつの間にか気絶していて、起きたら地面に転がっていて、財布と携帯を入れた制服が消えていましたが、なにか?」
「うっ!」
「?」
あれっ、と思い月波は顔を上げた。予想ではバカ笑いする白雛を考えていたのだが、見上げたその顔には嘘がばれた子供のような動揺が広がっていた。
「……お前なに隠してんの?」
「!? な、なに言ってんのよ!?」
「いや、なんか思いっきりきょどってるし、それで気付かない奴の思考レベルを疑うぞ」
「うっ、うるさいわね! 死ね、死んでしまいなさい!」
そこまで追い詰めたつもりもないのに最終的な力任せに走る白雛は、なにかを取り出したかと思うとそれを月波に向かってぶんなげた。それは投げたものが何かを確認する前にとにかく手に付いたものを投げてきたように見えたが、彼女の『力』を知っている月波はいつも恐怖におとしめられている、硬くて、殺傷能力が高い金属の塊だと思った。
とっさに腕で顔をかばうが、ポフッ、という感触で腕にぶつかったそれは予想に反してかなり柔らかいものだった。
「?」
「あっ!」
自らの投げたものの正体にやっと気付いたのか、白雛から驚きにもあきらめにも近い声が漏れた。
「?」
そんな声に?マークを頭に浮かべながら、月波は地面に落ちたそれを見る。
それは、正方形の黒い革製品だった。二つに折りたたまれ、その間はファスナーが付いていてきっちりと閉じられている。
しかし、そんなことは結構どうでもよかった。なぜならそこに転がっている安っぽい『財布』に見覚えがすごくあったからだ。結論を言うとそれは月波葬夜の財布だった。
「お前かぁぁぁぁァァァァ!!」
その怒号をはじめに、芋づる式に気絶前の詳細を思い出していく。しかし、それをうまく言葉にまとめることもできず、月波は感情のまま続きを紡ぐ。
「ついでと言わんばかりのことだけど、思いだしたぞ! お前普通に殴っただろ! 普通に俺に凶器振り下ろしただろ!? 暴発と落下の時は不可抗力として差し引いてもこれはゆゆしき事態ですよ! あと制服は!? なくしたら今日のクラス会で先生に殺されるだろ! お前は俺に死よりも恐ろしいトラウマを植え込むつもりですかぁぁああっ!」
「あのー、すいません」
そこにこの場にそぐわない少女の声がした。しかしそれは白雛のものではない。当の白雛は現在進行形で月波の感情の叫びをその身に受けている。さすがに月波に指摘された通りに、問答無用でノックアウトさせ、身ぐるみをはいだ本人にしてみれば少なからず罪悪感があるのだろう。
そして月波もその声に気づくことはない。
「だいたいヒザマクラー、なんて餌づけをしてから顔を鷲掴みにして意識を刈り取るってどこの飴&鞭療法だよ! しかもその原因俺じゃないし! もとはといえば裸の落下型ヒロイ……ン……が??」
月波の叫びは突然途切れ、顔を真っ赤にして、黙り込む。その脳裏によぎったのは意識を切り取られるわずか三十秒前の出来事。
「あのっ! すいませんっ!」
「うおぅっ!?」
そんな考え事をしていたからか、月波は耳元で叫ばれるまで、すぐ近くにいたもう一人の存在に気付かなかった。
驚き、何の考えもなく反射的に振り向くと、
そこには月波たちがほんの一か月前まで通っていた中学の平凡な制服を身につけ、ところどころの穴や白い乾いた砂の汚れが目立つ黒のブレザーを肩にかけた
件の落下型ヒロインが満面の笑みをこちらに向けていた。