保健室の憂鬱
「理事長、あの楠木霖って言う怪物どうにかなりません!?」
レオは霖の拳を魔法を使い軽々避けたが、霞の方が一歩上手だった。
ガーー!!とまるで手負いの猪の如くレオの腕に噛みつき、それからもなんやかんやと喧嘩が続き、先生に見つかり怒られ傷だらけになったレオは医務室で理事長であるアガサ・マクダーモットー氏に冗談半分本音半分の愚痴をもらした。
レオの腕には保健医ホヴィ先生によって包帯がぐるぐると巻かれていく。
霖はと言うと、なんだかんだいって噛みついた事に反省しており、謝っていたが、医務室のふかふかのベッドを見つけるなりすぐさま転がり落ちた。3秒しない内に寝息が聞こえた。
保健医のホヴィ先生は恰幅のいい優しい女の人で、気がよく面白いので院内からでもかなりの人気を評している。
「うっふふ、お年頃なのね。」
さも愉快そうに笑う理事長にレオは苦笑いをもらす。
理事長はもう歳だが、品のある顔立ちは衰えてはいない。もちろん魔術能力に関しては、最高峰だ。
「オルムステッドクラスですか?」
そう聞いたのはホヴィ先生だった。
暴力的…いや、獅子奮迅のクラスである。
ホヴィ先生は腕の包帯巻きが終ると、次は足のふくらはぎに消毒液を塗り始める。
「あっ!!い、痛い!痛いですよ!ホヴィ先生!!」
「あらまっ!男の子でしょ!これぐらい我慢しなさい!!」
「!!!!」
傷口に消毒液を強くぶつけられたレオは悲鳴を上げたが、ホヴィ先生は気にすることなく包帯の上からバシンっと傷口を叩いた。
その光景をみて理事長は優しい笑顔を見せたが、直ぐに少し悲しそうな顔になった。
「いいえ、彼女はゴールドバーグクラスよ。」
「え?嘘?アレがゴールドバーグ!?」
理事長の顔にも気付かずレオが嫌そうな顔をする。
隣で理事長はそっと目を伏せ、それから霖の眠っているベッドに目をやった。
◆◆◆◆◆
「ジェシカ!!」
声からしてやんちゃそうな少年の声がする。
ジェシカと呼ばれた少女はふわふわのブロンド越しに振り返る。
そこには声の主、コニー・レオンハートが手を振りながら走って来た。
「あら、おはようコニー。」
「おはようジェシカ。今日入学式が終ったら、一緒に学院内を探検しないかい?」
「いいわよ!私達何処のクラスになるかしら?」
ジェシカとコニーは2人並んで、入学式が行われる講堂までB棟から繋がる通路を歩いていた。
「さぁ、でも僕入るんならサリンジャーがいいなー。」
「私、レインウォータは嫌だわ。」
「あぁ僕も。あそこ性格の悪い奴等がいくんだろ?」
「ゴールドバーグって超能力科の人が結構いるらしいわよ?」
「僕は、魔術科に行くつもりだけど。ジェシカはどうするんだい?」
「まだ決めてないわ。それに、魔術科か超能力科かどっちに行くかは先生達が決めるのよ。」
そんな話をしていると目の前に何か言い争いをしている男女を見かけた。
「痴話喧嘩かしら?」
「さぁ」
ジェシカ達は端っこに寄って2人の会話を聞く。
「だから、何で私なのよ!魔法使いだぁ?冗談じゃぁない。こちとら細菌学者っちゅー夢があるんだよ!」
「悪趣味な夢だな。それに何度も言ってる通りここ卒業しないと帰れない。これで100回目だ。ほらもうすぐ入学式が始まるぞ!」
「どうして私が?急にこんな知らない場所に来て、不安でたまらないのに………。」
何故か物凄く悲しくなってくる。今までの不安が一気に目に集中する。必死に堪えても出てしまう物は出てしまう。
「!………泣くなよ。ほら、大丈夫だから。」
肩に回された手が暖かくて、安心してしまう自分がいた。
「ふん。レオのばーーか。ハゲてしまえ。」
強がってしまう自分を見て、今自分自信がここに居ると自覚する。
「・・・・・・・・。」
最悪の捨て台詞を吐き、ピューーーと効果音が聞こえてきそうな位走って逃げた霖の背中が消えた時、レオはため息交じりに霖とは反対方向に歩こうとしたが、振り向くとそこには今日入学式を迎えるであろう2人の男女がレオの事を見上げていた。
ジェシカとコニーだった。
「あぁ、君達新入生かい?」
声には出さずコックリと2人は頷いた。
「おめでとう。今俺と話してたアホと仲良くしてやってくれ。」
そう言い残し2人の視線を受けながらB棟の方へ歩いて行った。
「見た?あの変な顔!」
「あぁ見た見た、何だあの人形!!」
どうやら目を合わせてしまったらしい。
謎の人形ルーシィと。
B棟と講堂を挟む通路にジェシカとコニーの笑いがげーらげらと響いていた。