表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

氷色のシマフクロウ

作者: 憂媿穎

 俺がそいつを初めて目にしたのは10歳の誕生日だった。か細い電線に鎮座し、鳴き声を発するでもどこかへ飛び立つでもなく、ただじっとこちらを凝視していた。透き通って見えそうなほどに薄く、けれど判別できるくらいには青い色を帯びた体毛。月夜にただ一つ輝く満月のように爛々とした両眼。不気味と形容するのも気が引けるよな得体のしれなさだった。その場にいた他の人には見えていないようで、いつしか俺は俺だけに見えるそいつを氷色のシマフクロウと呼ぶようになった。それからというもの、そいつは事あるごとに俺の前に姿を見せるようになった。そしてそれは決まっていつも何かの節目や祝い事であったりした。俺の誕生日、大学の入学式、そこそこ名の知れた大手の企業への入社が決まった日。不思議なことに友人の結婚式や祭事といった俺以外が主役となるイベントには決して姿を現さなかった。気になって何度かそいつのことを調べようと試みたこともある。けれど、図鑑に載っているのは錫色をした世間一般的なフクロウの写真ばかりでいくら古い文献を漁っても氷色をしたシマフクロウに辿り着くことはついぞなかった。


 社会人になると学生時代のような物語性のある出来事は必然的に少なくなり、俺は会社と家を往復するだけの単調な毎日を送るようになっていた。そんな俺が斗和子に出会ったのは、何か特別なことをしたくて始めた音楽系の社会人サークルだった。趣味の話から何気ない日常のこだわりまで気が合い、俺たちは付き合うことになった。斗和子と付き合うことが決まった日、久々にあの氷色をしたシマフクロウを見たのをよく覚えている。いつもと同じようにレストランの屋根に置物のようにじっと座っていた。ただその視線だけは三脚に固定されたカメラのようにブレることなく俺の方を向いていた。不思議なことに俺は以前ほどシマフクロウを不気味には感じなくなっていた。


 俺はいつしかフクロウのことを守護霊のような存在だと捉えるようになった。何かをしてくれるわけでも、困ったときに助けてくれるわけでもなくただただ俺のことを見守ってくれているだけの存在。斗和子にもシ何度かシマフクロウの話をしたことがある。けれど、斗和子にもやはり見えていないようで俺が冗談か何かを言っていると思われ、笑い返されるのがオチだった。


 次にシマフクロウを見たのは斗和子との結婚式をあげた日だった。斗和子は両親との間に確執があるらしく、かといって俺自身もそこまで家族と仲が良いというわけでもないため、お互いの両親には知らせず、式は最低限の親族や友人の庇護下で行われた。シマフクロウは教会の屋根に座り、射抜くような両眼であいも変わらずこちらを見下ろしていた。ただ、そのときの俺は幸福の絶頂にいて、有頂天だったこともありシマフクロウのことなどすっかりどうでも良くなっていた。俺はシマフクロウに向かって近くにあった大きな石を拾い、思いっきり投げてやった。シマフクロウは俺の反撃など予想もしていなかったのか、石は見事に命中し、ガンと鈍い音を立てた。シマフクロウはもう一度睨むような鋭い視線をこちらに向けるとバサバサとどこかへ飛んでいってしまった。たぶんあのシマフクロウはもう二度と俺の前に姿を現さないだろう。直感的にそんな気がした。そのときの俺は長年の憑き物が晴れたようで晴れ晴れとした気分だったのをよく覚えている。


 結婚すれば当然、居を共にすることになる。意見が合わないことも多々あったが、愛するパートナーとの新婚生活はやはり楽しいものだった。独り身のときには味わえなかった幸せをたっぷりと享受することができた。だが、そんな幸せな生活も突如として終わりを迎えることになる。今思えばどこかできちんと話し合うことができればよかったのかも知れないけれど、きっかけは酒やタバコといった俺の散財が原因だった。斗和子にネチネチと嫌味を言われ、腹が立ち、俺のそれまでの人生では考えられないほどの汚い言葉と怒声を浴びせてしまった。


 怒鳴られたことがよほどショックだったのか、すぐに斗和子は荷物をまとめて出ていってしまった。引き止める気にもなれず、俺は斗和子が荷物をまとめるのをただじっと見つめていた。一人になった空間でしばらく過ごし、頭が冷えてきて。ようやく自分がとんでもない失態を犯してしまったことを悟る。すぐに斗和子の携帯に電話をかけるが何度駆け直しても決して画面が通話中になることはなかった。


 そのとき、ふとあのシマフクロウのことを思い出す。正直なところ、俺は心細かったのかもしれない。あんな何の役にも立たないフクロウでもいないよりはマシだろう。すぐに目線を動かし、あのシマフクロウが潜んでいそうな高所へと目を凝らす。けれどそこにシマフクロウの姿はなく、代わりに何もかも失った俺を嘲笑うかのように夕焼け空が顔を覗かせているだけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ