1-7 臓器移植業者
寒い部屋。 冷蔵室の湿った空気が、彼女の肌を冷たく包み込む。 身体には、粗い布が、かろうじて体を覆っているだけ。 手足は全く動かず、まるで、鉛で満たされたかのように重く、感覚が麻痺しているようだった。 顔には、深い裂傷が走り、そこから滲み出る血が、冷たく乾いて固まっていた。
瑠華は、臓器移植業者に売られ運びこまれた。 業者は、荷馬車にのせた時から、彼女の汚れた体を見ることを嫌った。 今は犠牲者の品質を保つ低温室で、彼女は、まるで、忘れられた存在のように大型シンクの上に放置されていた。 10cmほどの凹みがある大型シンクは人間大でも洗うことができる。
移植業者は、瑠華を単なる臓器の塊としか見ない。その価値は、臓器の品質だけで決まる。 そのため、水分補給として、ときどき水が口から流し込まれる。
この状況の中で、瑠華はひたすら、過去のノートの記憶から希望の光を探し求めている。その時、かすかな感覚が、彼女の脳裏をよぎった。 それは、前世の記憶、そして……スフィア。 瑠華の非常用脳内チップが、わずかに反応している。 まるで、かすかな通信ゲートが開いたかのように。通信は、弱く、不安定だ。 しかし、確実に何かがつながっている。 あの時、一緒に奈落の底に落ちたはずのスフィアが、今も、瑠華を繋いでくれているのだろうか?
(スフィアが、わずかな通信ゲートを開いてくれたということは何だろう、打開策を考えてくれているのだろうか?スフィアなら、きっと私を助けてくれるはずだ)
そう信じて、瑠華は、静かにパルス信号を待ち続ける。 その可能性に、彼女は、かすかな希望を見出す。
臓器移植業者は、薄暗い部屋の隅で、古びた木製の椅子に座り、ため息をついた。王城に呼び出され、心無い言葉を浴びされ恥ずかしい思いをして、いつものように安かったが酷い体を仕入れた。スラム街の2階の冷温室の窓の外には、王国の華やかな街並みが広がっている。あの輝きとは裏腹に、彼の仕事は、この世の闇そのものだ。 臓器の売買は決して誇れる仕事ではない。 だが、働けない家族を養うためには、この汚れた仕事に手を染めざるを得ない。
「こんな惨めな仕事は嫌だ」
臓器移植業者のギルバートは、つぶやくように言った。荷車で異世界人の商品を運ぶのは子供から大人まで見せ物のように注視される。本来は困っている人を放っておけない。迷い人に声をかけ、食事を提供することもある。そんな心優しい人間だった。 だが、貧しさは、彼をこの闇の仕事へと突き落とした。
電話が鳴った。 受話器を取ると、いつもの顧客だった。
「ギルバートか? 今、太い筋肉組織が必要なんだ。上皮は汚れていても構わない。 移植医師からの依頼で他人の臓器を拒絶しないようにする免疫抑制の都合で、きっちり20cmだけでいい。痛んでいない大腿筋を3本に分けてすぐに送ってくれ」
ギルバートは了解し、ため息をつきながら、受話器を置いた。
「またか」
彼は、商品の筋肉のことが頭をよぎった。 あの女の体は、醜い傷だらけで、汚れていた。 だが、その汚れた体の内には、まだ使える筋肉と臓器が残されている。 今は異世界から転移の反動と、魔力で神経系が侵され廃人状態だが、動けるようになるかもしれない。できれば女を助けたい。 しかし、彼は、それを許される立場にはない。
瑠華は、薄暗い部屋の中で考えていた。絶望的だがスフィアとのわずかな繋がりで少しだけマシになった感じていた。閉じた心は、全てをダメにする。瑠華はあのAIスフィアがくれた明るい日々を心に浮かび上がらせる。