1-4 AI中学 未来への地図
瑠華が嫌いなものは机に向かう勉強。発達障害のため演習の繰り返しは10分で飽きる。
好きなものは絵本と小説。そこからスフィアの『どんな大人になりたいか』というところから始まった。
「瑠華が好きな絵本や小説から始めましょう。これは本の言葉です。雑貨店のポストに入れられた、この悩み相談への回答はどう思いますか?」
あなたの地図は、まだ白紙なのです。だから目的地を決めようにも、道がどこにあるかさえもわからないという状況なのでしょう……。
だけど見方を変えてみてください。白紙なのだから、どんな地図だって描けます。
すべてがあなた次第なのです。
ナミヤ雑貨店の奇跡より
「あっそっか。まだ分からないというのもいいんですね。わたしの大人への予定も綺麗な白紙です」
(スフィアって、わたしの気持ちがわかっている)
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瑠華はスフィアからの意見で、学校に行かなくてもいいのも気に入っていた。AIのサポートがあれば学生の授業はフリーで電車に乗れる。交通系ICカードは無料モードに変わる。スフィアに連れて行かれたのは彼女の街から1時間電車に乗った国会図書館。そこには広ーく、驚く光景が広がっていた。
瑠華に与えられたスマートグラスで見ると、一人一人の頭上に読んでいる本の名前と、職業が出ている。大学生は大学名と専攻まで表示されている。これは中学、高校生だけに与えられた学習効果を高める国家施策だそうだ。国会図書館の入場者は中高生への個人情報公開と、説明義務に同意している。
利用者の職業で多いのは技術職や研究職、事務職も多い。そして先生たちもいる。学生や自由業もまばらに見える。
あそこに報道関係者がいる。広い机に10冊が横積みになっており、本の題名は「メディカルサービス」「物理学会誌」中々奥深い。これでTV番組に構成されていくようだ。
国会図書館は巨大な読書空間が幾重にも連なり、静寂が漂う。
その中で、瑠華は、一人の中年女性に目を留めた。 女性は、落ち着いた雰囲気で、古びた画集を熱心に眺めていた。 その画集は、19 世紀の洋風画集で、繊細なタッチの絵が描かれていた。 瑠華は、スマートグラスでは作家。そして女性が絵本作家であることを、直感的に感じ取った。 せっかくだから、話しかけてみようと思った。
瑠華は、女性に近づき、たどたどしく声をかけた。
「こんにちは。 今、どんな画集をご覧になっているんですか? もしかして、絵本作家の方ですか?」
女性は、瑠華の言葉に、驚いた様子で顔を上げた。
彼女は、瑠華を優しく見つめ、微笑んだ。
「あら、こんにちは。 鋭いお目ですね。 私は、絵本作家をしている美羽と申しましょうか……今は、少し、創作活動から離れていますが……」
女性は、少し寂しげな表情で、そう答えた。 彼女は、自分のことを「絵本作家をしていた」と表現した。 それは、彼女が、今は創作活動をしていないことを意味していた。 しかし、彼女の傍らには、使い込まれた革張りの手帳が置かれていた。
「そうなんですか……でも、この画集は、とても素敵ですね。 19 世紀の画集……こんな貴重なものを、ご覧になっているなんて、羨ましいです。 ところで、その手帳……もしかして、お仕事の予定を管理されているんですか?」
瑠華は、女性の手帳に気づき、質問した。 女性は、手帳を手に取り、微笑んだ。
「ええ、そうですとも。 私は、この手帳で、仕事の予定だけでなく、プライベートの予定も管理しているんです。 ON と OFF の切り替えを、きちんと行うことが、創作活動をする上で、とても大切ですからね」
女性は、瑠華が中学生ということを聞いてから、手帳を開いて見せた。 そこには、週単位、そして、日単位の予定が時間単位で丁寧に書き込まれていた。瑠華が今まで見てきた手帳と違うのは時計の絵が中央にあって、そこから予定が引き出されていることだった。見慣れた時計の時刻と予定の一体感があった。
仕事の予定だけでなく、プライベートの予定、例えば、友人との食事や、図書館の時間なども、きちんと書き込まれていた。
そして、ON と OFF の切り替えを明確にするため、仕事には青いインク、プライベートの予定には緑のインクが使われていた。
「青色と緑色、どちらが大切ですか?」
「うーん、それはいい質問です。『大切さ』の状況によりますね。もし変更ができる重要度なら家族とのプライベートを最優先にしますが、そればひとづつ考えていく必要がありますね」
「すごいですね……こんなに綺麗に、予定を管理されているなんて……絵本を作る上では、こういう緻密さも大切なんですか?」
瑠華は、感嘆の声を上げた。 女性は、頷きながら答えた。
「ええ、そうですとも。 絵本作りは、緻密な作業の連続です。 絵を描くだけでなく、ストーリーを考え、構成を練り、そして編集作業を行う……全ての作業を自分と編集者とできちんと管理しなければ良い絵本は作れません。」
女性は、考えながら答えた。
「管理というと難しそうに見えますが、地図と道筋を書くというように考えると楽です。地図はじっくり考え、あとはAIと自分の手に任せます。素直に地図に従えば勝手に仕事は終わっていますよ。あとは子供たちと絵本を読む時間が、一番のモチベーションなんですね」
瑠華は、女性の地図の話に聞き入った。 彼女は、女性が、絵を描くことだけでなく、家族の子供たちの笑顔を大切にする人であることを感じ取った。 彼女は、この出会いを忘れることはないだろう。 絵本作家の手帳には、彼女自身の仕事の流儀、そして、人生そのものを映し出していた。
お昼は国会図書館の最上階のレストラン。学校のランチより豪華でも安い。近くに東京タワーが見える。
ランチでスフィアも続きのヒントをくれる。
「もし、瑠華の理想の人になるため、一番やる気のある時間は何をする?」
「もちろん、宿題や、テストに向けた勉強かな。全然できないけど」
スフィアは顔をかしげる。
「うーん、それではさっきの絵本作家さんとは違うだろうね。あの女性は、1日の一番元気なとき、すぐに絵本を描くのかなあ」
「間違えた。地図だよね。時間はそう、朝一番がいいのかな」スフィアは期待へ応える瑠華に最高の笑顔を見せる。
「正解! 朝は寝ている時間に脳の記憶が再構築されて、想像力が一番高まる時間だよ。そして何より楽しいからワクワクする気持ちが続くよ」
瑠華は今まで、誰かがやっていることと同じことしか頭になかった。「自分で作る地図」なんて名前にしようかと考えだした。
「スフィア、色々な人が色々な仕事で本を使っているのがよくわかったわ。あの絵本作家さんは、どうしたら将来のことに向き合えるかも教えてくれたのよ。
勉強だって初めに大好きな科目から考えれば地図はできてくると思うよ」
瑠華は亡くなったじいちゃんのことも思い出した。
「好きなことをしないなんて信じられない」
大好きだったじいちゃんは言っていた。地図作りはその好きなことだ。少し大人になった気分でノートに書くことを考えていた。
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瑠華の昔の記憶が鮮明になってきた。
(あの頃のわたしとは違う。今は考える力がある。どんな場所でも負けない……)