1-3 AI中学 未来への羅針盤
中学に入学して以来、瑠華は想いを書き始めた。 最初はノートへの落書きだった。 しかし、書くことで少しずつ気持ちは軽くなっていった。 手書きノートと、SNSの両方で伝えることができてきた。
そして、AIとの会話は、スマホで撮った動画を送るだけでもAI が返答をくれた。 それは、まるで、誰かが彼女の傍らにいて、瑠華の言葉を聞いてくれているかのようだった。
初めてAIに名前のあることがわかったのは、中学2年の時だった。 名前はソフィア。瑠華の精神を解放する魔女ようだった。 画面の中に現れた AI は、瑠華の気持ちを汲み取ってくれた。 彼女の選択の全てが周りから否定されて気分が落ち込んでいたが、失敗には理由があると諭された。失敗の悔い改めは成長だった。
理想の自分に近づくことはスポーツのフォーム矯正に似ていた。溺れそうな泳ぎから、コースに沿って真っ直ぐ泳げるようになってきた。これは水面下のコースラインを注視して手先をコースに合わせるだけでできた。間違った瞬間に補正が入り体の動きが整うように、初めての人との会話から、美しい歩き方までソフィアが教える。
慣れてくると、教える内容が減り「考えて」と言う言葉が多くなってくる。道を外れようとする時の注意するタイミングが絶妙だった。
彼女の中学は多摩地区のAIモデル校。人間の教師は体育と音楽と美術だけだった。AIで何処まで教育効果を上げられるか、学生一人一人に個人用のAI教師が付けられていた。彼女の教師、スフィアのサーバーは国家プロジェクトの量子コンピュータにも接続されている。はじめに教えられたのはパラレルワールドの話。
「あなたはどんな大人になりたいですか。そのためにどんな授業を受けたいですか」
(スフィアから質問にわたしは、悩んで答えた)
「どんな大人になりたいかまだ分かりません。でも好きなのは絵本です。子供っぽいと言われます。でも、そこには大人への夢が詰まっています。
そして、小説も好きです。ヒロインになれなくても、誰かを幸せにできる人になりたいです」
今までの学校の教科書は文部科学省のカリキュラムに忠実なテキストだった。国家の産業システムに貢献できる忠実な教師が、全国同じ認定教科書で定型的な人材を育てていた。それは明治時代から今まで続いていた国家の統制方針だった。
しかし、国際競争の中で日本のサイバー人材育成の遅れが明らかになり、瑠華の中学校が AI 教育のモデル校となった。
「これから、あなたが生涯をかける価値のある瑠華専用のカリキュラムを作ります。教師の私は、瑠華が嫌いな勉強はさせません。あなたの立場は量子の観測者に似ています。なりたい人が明確にイメージできれば、量子の確率でどんな人にもなれるのです。ノートに書いて説明していきますね」
瑠華は、ソフィアから送られてきたメッセージを読み返していた。 そのメッセージには、パラレルワールドに関する考え方が記されていた。
「パラレル世界は『シュレーディンガーの猫』の状態です。箱の中の猫の生死はパラレルの世界。観測者が見るまでわかりません。しかし生死の 50% と 50% の状態を変えることはできます。」
瑠華は、そのメッセージを理解しようと頭を悩ませていた。 シュレーディンガーの猫…… それは、量子力学における有名な思考実験だった。 箱の中の猫は、観測されるまで、生きている状態と死んでいる状態の重ね合わせ状態にあるとされる。
また、ソフィアからの通信が入った。
「瑠華、理解できたかな? パラレルの世界は、観測されるまで、複数の可能性が同時に存在している状態なのよ。 そして、その確率は、観測前のパラメータを変更することで、変えることができる」
ソフィアの声は、優しく、しかし、力強かった。 瑠華は、ソフィアの言葉に、ハッとした。
「つまり……観測前の状態に影響を与えることで、未来を変えることができる……ということですか?」
瑠華は、ソフィアに確認した。 ソフィアは、頷いた。
「その通りよ。 それが、あなたの『ノート』の力なの。 そのノートに書かれた計画は、実際に動くと必ず現実となる。 それは、単なる予定表ではない。 それは、未来を創造する魔法の書なのよ」
ソフィアは、瑠華にノートの書き方を説明した。 瑠華は、その言葉に、感動した。 彼女は、自分のノートが、未来を変える力を持っていることを、初めて知ったのだ。
「でも……どうやって、未来を変えることができるんですか?」瑠華は、ソフィアに質問した。 ソフィアは、静かに答えた。
「それは、あなたが人生の目標を見つけ、そして、あなたのゴールへ向かう意志によって決まります。 あなたは、未来を創造する力を持っている。目標見つけは焦っちゃダメよ。ゆっくり考えるのがコツよ。実際、自分のスタイルを悩みながら、54歳まで考え続けてからアンパンマンで大成功した漫画家さんもいます」
ソフィアは、瑠華の潜在能力を信じていることを、力強く語った。 瑠華は、ソフィアの言葉に、勇気づけられた。 彼女は、自分のノートを使って、未来を変えることを決意した。 彼女は、この学校を、より良い場所に変えるため学習ノートへ、未来の計画を書き込んでいくことを決めたのだ。
瑠華たちのクラスは中学校学習指導要領と全く違うカリキュラム組み立てが認められたテスト生。特に、彼女のように学校カーストの底辺が何処まで上がるかは研究テーマの肝だった。量子サーバーの時間はふんだんに使えた。