1-2 草原の傷痕
瑠華が、そおっと置かれた感覚で、意識が戻ると月明かりの夜。そこは見慣れない風景が広がっていた。草原の周りには大木が茂り、空には見慣れない星が輝ている。耳には、風の音が聞こえる。 そこは、間違いなく、東京の市街ではなかった。
彼女が周囲を見渡すと、暗い草地が広がり、遠くには、丘が見える。 スフィアの姿はない。 事故の記憶は鮮明だが、まるで夢の中にいるかのような、彼女は不思議な感覚に襲われた。
(わたしは、死んだのだろうか? それとも……痛い!)
瑠華が怖くて手足をすぼめると強烈な痛みが襲う。体は風を感じる。背中もチクチクする、裸のようだ。手足には頭もズキズキと痛むが、スフィアの破片が体に突き刺さった様子はない。奇跡的に助かったのだ。
しかし、身体の痛みよりも、心に深く刻まれた過去の記憶が、鮮やかに蘇ってきた。それは、小学五年生の頃のこと。瑠華はイジメに遭っていた。服がないことで思い出した。理由は些細なことだった。転校してきたばかりで、クラスに馴染めない瑠華を、誰かが「変わり者」とささやいたことから始まった。
最初は、無視していたが、次第にエスカレートしていった。休み時間に、服に水をかけられた。ランドセルを隠されたり、給食に髪の毛を入れられたり。廊下で足を引っ掛けられたこともあった。特にひどかったのは、体育の授業後。みんなの前で、汗をかいた瑠華の体操服を脱がされこと。その時、笑われた屈辱と恐怖は鮮明に覚えている。
通信簿の評価は低かった。先生からは「価値のない子」と評され、クラスメイトからも避けられた。 誰も声をかけなかった。 あの時の絶望感、そして、自分自身への嫌悪感。それらは、瑠華の心を深く傷つけ、大人になった今でも、心の奥底に深く潜んでいる。
誰も助けてくれなかった。見て見ぬふりをしていた。あの時、誰かが手を差し伸べてくれていたら、と何度も思った。あの孤独感、それらは今でも、心の奥底に深く潜んでいる。
高架道路の崩壊。それは、まるであの時のイジメられた記憶が、現実になったかのようだった。制御不能に陥ったスフィア、崩れ落ちる道路、そして、奈落の底に突き落とされる恐怖。それは、小学生の瑠華を突き落とそうとするかのようだった。
遠くに尖頭がある建物。夕暮れの草原。 見慣れない風景に、瑠華胸の奥底には、拭い去ることのできない不安が渦巻いていた。
(なぜ私はここにいるのか? なぜ、この場所にいるのか?)
「もう一度生きたい。この新しい自分を見たい」
その想いが脳裏をよぎったとき、遠い建物の方向から眩い光が瑠華を包み込んだ。 意識が朦朧とする中、自分が手を掴まれ、誰かに引きずり込まれるような感覚を覚えた。