1-1 はじまりの東京
夕暮れの空は、燃えるような朱色に染まっていた。街の喧騒は、駆け抜けるクロスバイク、スフィアの風切り音にかき消される。
強力な全個体電池を搭載し、信頼性の高いカブエンジンを充電と加速に使い、AIチェーンアップしたダブルパワーのクロスバイクは、まるで魔法のように渋滞知らず。仕事を終えた瑠華は、愛機スフィアに跨り、夕闇迫る東京の街を駆け抜ける。
瑠華は馴染んだ友のA Iを搭載した電動バイクで風を切る。2050年の高速移動手段はコーンと呼ばれる。
瑠華の都心の平均移動は130km/H。外見はクラシカルバイクだが、速度60キロを過ぎると、エアコン完備のコーンのシールドは、まるで第二の皮膚のように瑠華の体を包み込む。倒れることも、事故ることもない。都内の信号と混雑情報はAIが取得、青信号が続くスピードでAIが移動の全てを管理している。
乗用車とバイクはこのドロップシールドが一般化し、高架道路で動く時の街の風景は、角形の大型トラックや商用車が、異質な存在感を放つ。信号機と車の位置情報は完璧に連携し、道路のボトルネックが出ないように速度を調整する。信号で車が止まることなど、ほとんどない。さらに2輪のコーンライダー専用路は、マトリックスのように組まれた高架ラインにサイドロードとしても組み込まれている。薄暗くなった眼下には、東京の街並みが、宝石箱のように広がる。
瑠華のピンク色の皮膚に心地よい風が舞い込む。瑠華仕様にハイチューニングした、純白のスフィアが心を満たす。エクスタシーの一歩手前がオーバー160kmの移動速度だ。都心から郊外の自宅まで、通勤は 20 分。スフィアは、単なる乗り物ではない。自宅に戻れば、家電全てを管理する、高知能な友人だ。
「お疲れ様でした。ノートの明日の予定を更新しました。今晩の夕食は…… 」
言葉は途切れ、地響きと共に、世界が歪んだ。
――――――――
夕焼け空が、一瞬にして黒い血色に塗り替えられる。 瑠華は疾走する中、高架道路の湾曲を目の当たりにする。 アスファルトが裂け、鉄骨がねじれ、想像を絶する光景が、瑠華の視界を埋め尽くした。
スフィアの AI は、異常事態を感知。 緊急回避を試みるも、道路の崩落する速さは、想像をはるかに超えていた。 路面への制御不能に陥ったスフィアは、必死に瑠華を守ろうとコースを変え、最高レベルのパワーを振り絞る。 しかし、運命の歯車は、容赦なく回り続ける。
夕焼けの残照が、瑠華の明るい髪をさらに染めた。 まるで世界の終わりを告げるかのような、凄まじい轟音。タンクローリーからの炎。高架道路は、長大な蛇が腹を裂かれたように崩れ落ちた。
スフィアはコンクリートの割れ目から、奈落の底へと突き落とされる。 瑠華はもがくが、裂くような悲鳴を上げる間もなく、無数の鉄片とコンクリートの塊に飲み込まれた。
スフィアのライトは回転し、一瞬、闇を切り裂く流星のように輝き、そして消えた。
――――――――
残されたのは、静寂。崩れ落ちた道路の残骸、道路から落ちた車両の重なり、そして、血の色の夕焼け空に広がる、深い失望だった。 瑠華の魂は、消えゆく夕日と共に、この世で眠りについた。