2-5 AI高校 瑠華のクラマネ日記
週 4 時間、瑠華にとっての必須科目、クラマネ。正式名称はクライシスマネジメントだが、クラスメイトたちは皆「クラマネ」と呼んでいた。AI 高校 3 年生になった今も、瑠華はこの危機管理授業を続けている。今日の相手は… スマートグラスに表示されたデータが、瑠華の鼓動を早めた。
「柔道部 2 段。体重 80 キロ、100m12.5 秒、男性。18 歳」。全く面識のない相手だった。「またかよ… こんなデカイ男…」瑠華は内心で愚痴をこぼした。
1.5メートル離れたパイプ椅子に、互いに背を向けて座る。緊張が張りつめ、空気が重く淀む。手に握る空気剣の先端の衝撃センサーが、瑠華の不安を敏感に感知しているようだった。
「落ち着け、瑠華。いつものように・・・」と、自分に言い聞かせる。心臓が高鳴る音が、耳にまで聞こえてくる。
ビープ音が鳴り、勝負が始まった。
相手は、置かれた空気剣を無視し、いきなり動き出し掴みかかる。その俊敏さに、瑠華は思わず息を呑む。
「速っ!」瞬足で身を屈め、空気剣を掴む。間合いを外し、次の動きを予測する。
しかし、相手はパイプ椅子を振り回し始めた。予想外の行動に、瑠華は一瞬、苛立ちを覚えた。
「柔道家なのに… こんな卑怯な…」と、心の中で呟く。だが、すぐに冷静さを取り戻す。これは想定外の状況だが、クラマネでは冷静さを保つことが、重要なのだ。
パイプ椅子が瑠華の胸めがけて飛んでくる。瑠華はギリギリのところでそれを外すが、相手は同時に、タックルも仕掛けてきた。
「くっ…!」瑠華は右後ろに素早く身をかわし、剣道の小手を繰り出す。相手の左手に赤色のポイントが表示される。痺れた様子の左手を犠牲に、相手は更に右手で掴みかかってきた。
「まだ来るのか!」
しかし、瑠華は動揺しない。落ち着いて、再び小手を狙う。今度は右手も痺れている。そして、最後にきたのは、キックのような足払い。瑠華は咄嗟に飛び上がりながら、面を打つ!
相手のスマートグラスが吹っ飛び、勝負は終わった。
「… なかなかだったな」と、瑠華はため息をつきながら、内心で呟いた。深呼吸をして、礼をする。
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一年生の頃、瑠華はクラシス剣道の授業で竹刀を振るっていた。竹刀の軽やかな音が道場に響き渡っていたあの頃を思い出す。「楽しかったなぁ…」瑠華は遠い目をする。
見知らぬ相手との勝負を通して、剣道の技を磨いた。素手では太刀打ちできない相手でも、50センチの棒を握れば優位に立てることを学んだ。ただし、素手の格闘では間合いの感覚が非常に重要だ。危険を感じたら、反転して逃げる。それが生き残るための手段だと、瑠華は身をもって知った。
空手の有段者との対戦は特に困難だった。間合いを瞬時に詰められる空手の達人たちは、忍びの心得がある瑠華にとっても厄介な相手だった。先週の対戦は、道場の脇にある狭い廃電車の中だった。本当に危なかった。あと少しで負けていたかもしれない。
AI 高校の 3 年生女子は全員、クラマネで異種格闘技の試合を受けている。武道の有段者以外の相手には負けないよう訓練を積んでいる。
クラマネ AI は、女子が優位に立った場合の、パワハラ抵触への法的対処まで指導する。
瑠華のクラマネ手帳には、対戦相手と使用した技が記録されている。アナログなノートへの手書きの記録は、最初は不思議な感覚だったが、今では、書く行為自体が自身の成長に繋がっていると感じている。
負けた場合は、一定期間後に再戦となる。スマートグラスには空気剣の戦い方が提案され、何度も素振りで刀の軌道のシミュレーションを繰り返す。そして、実戦へ挑む。
空気剣の基本は日本剣道の型。打突の足捌きは、忍者の剣術にも通じるものがある。
学校のAI は、人としての自己肯定感は、個人の危機管理の強さからも生まれると判断しているらしい。
だからこそ、クラマネ実習にこれだけの時間を費やすのだろう。赤点を取れば補修実習もある。しかし、この授業で得た規律や精神性は、大学入試の勉強習慣にも役立っている。
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そして、クラマネが・・・。異世界での瑠華の生死に繋がっていた。
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