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「だんな、さま……」


 かすれた声で椿がそう呟くと、千歳は椿の額に手を当てながら「怖い夢でも見ましたか」と尋ねてきた。頭の痛みは少し和らいだが、まだ体は重たかった。


「ひどくうなされていましたが、大丈夫ですか」


 随分と暗くなった部屋の中、隅にある照明の光に照らされた千歳の横顔を見た瞬間、ひどく心が安堵していくのを感じた。


 頭がまだぼんやりとする中、手を差し伸べれば、そっと握り返してくれた手。それがどうしようもなく心強くて、椿は胸がぎゅっと締め付けられた。


「のどが、いたくて……。あたまも、いたいです……」


 うわ言のように紡いだ言葉に、千歳がもう片方の手を、椿の頬にそっと添えてくれた。ひんやりと冷たい千歳の手は、いまの椿にはとても心地の良いものだった。


「……先ほど薬を飲ませました。もう少しで楽になりますよ。それまで、しばらく辛いでしょうが、今日は私が側にいますから」


 千歳はそう言うと、椿の頭をそっと優しく撫でてくれた。「よしよし」と、まるで幼子をあやしつけるかのように。


「そうやって……なでてもらっていると、すこし楽です」


 その手が思いのほか優しい手つきなものだから、椿は心がふと楽になるのを感じた。


「……こどもの頃、わたしもそうやって、父や母に頭をなでてもらいたかったんです。でも、おねえちゃんだからって……がまんしていたから」


 病気のときは心が弱りやすいと言うけれど、自分もそうなのだろうか。それとも、千歳が頭を撫でる手がひどく優しいからなのだろうか。普段は言えない弱音が、不意にぽつりと口から出てきた。


「もうすこしだけ、このままで……」


 そう呟いた椿は、伸ばされた手にすりと頬を寄せると、千歳の人差し指をそっと握りしめた。ほんの少しだけでいいからと、甘えるように握りしめた手が、どこにもいかないようにと願いながら──。

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