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(思えば、俺は……最初から彼女に心乱されていた)
舞い散る桜の下、花を見つめる横顔に見惚れていた。それが何よりの証拠ではないか。
「結婚なんて」と思っていたはずなのに、「いってらっしゃい」と笑顔で見送られるたびに胸に生まれる感情に見ない振りをして、「家族」や「家庭」というものを遠ざけようとしていた。そんなものは、自分には一生無縁のものだと思っていたからだ。
だからこそ仕事に邁進し、仕事の邪魔になるものは生活から取り除き、これまでずっと避けてきた。
妻を捨て、浮気相手と出ていった父。そんな父に似た自分を捨てた母。幼い頃、ふと漏らした母の言葉が今も胸に残っている。
『あんたがいたから、私は幸せになれなかったのよ!』
母にはそう言われ疎まれていた自分だが、椿となら、今はまだ分からない「温かな家庭」というものを作れるだろうか。心の奥底で求めていた「幸せ」を掴むことができるだろうか。
千歳はそこまで考えて、ふと苦笑した。
(……その努力を怠ってきたのは俺の方だ。だったら──)
「白鳥家のご令嬢」
まっすぐに椿の元へと歩み寄り、心を決める。
「申し訳ありませんが、それ以上は控えていただけますか。……私の大切な妻ですので」
千歳は椿の隣に立ち、腰をぐいと抱き寄せると静華に向かってそう言った。




