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序章

「私には夫らしい振る舞いを期待しないでいただきたい」


 桜の花びらが舞い散る麗らかな春。四ノ宮(しのみや)椿(つばき)が初めて院瀬見(いせみ)千歳(ちとせ)に会ったとき、彼は冷たい眼差しを向け、そう言った。


 頭の高い位置でひとまとめに結ばれた、色素の薄い長い髪。切れ長の流麗な瞳。舞い散る花を背に佇む姿は絵になり、とても美しかった。そんな彼を惚けて見つめていた椿に、千歳は淡々とした声色で話を続けた。


「悪鬼を殲滅(せんめつ)する特務部隊の副隊長を務める私の人生において、最優先すべきは帝のお命であり、この帝都の平和です。任務によっては長期で家を空けることもありますし、有事の際には貴女一人よりも、大勢の命を救うことを優先する場合もあるでしょう。……私はそんな非情な男です」


 向けられた表情は冷たさを帯びていた。けれど、強く、凛とした眼差しに、椿の胸がどきりと音を立てた。


「それでも貴女は、私と結婚なさいますか」


 真剣な目。静かに問いかけられた言葉に、椿は手のひらをギュッと握りしめた後、ふと頬を緩めた。この屋敷に来る前から彼女の答えは決まっていた。


「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いいたします、院瀬見様」


 そう伝え、顔を上げた椿は千歳に、にこやかに微笑みかけた。


「私のことはどうかお構いなく。どうぞ職務を最優先なさってくださいませ」


 両手をぐっと握り締め、朗らかに笑った椿。そんな彼女を千歳が呆気に取られた様子で見つめていた頃が、いまは随分と遠いことのように思われた。あれから、半年……。


「どこへ行くんです、今日はずっと私の側にいる約束でしょう?」


 拗ねたような甘えた声で、ぎゅっと後ろから抱きしめられ固まる椿。千歳の長い髪が頬をくすぐり、胸がどきりと音を立てる。嗅ぎなれた白檀の香り。すりと押し付けられた額に、椿は手のひらを力強く握りしめ、心の中でこう叫んだ。


「なんなの、このかわいい旦那様は……!」と──。

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