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今の私に未来を託してくれた人の帰還

 子供の頃。

『許される限り、私はいつも水筒を手放さなかった』


 そんな記憶が有るのは、多分、4歳の頃からでした。

我が家は石浜(いしはま)[石がゴロゴロとした海岸]の海岸線に近い所に建つ一軒家でした。

一軒家と言っても其なりに町なので、隣の家々も近くに在りました。

家の前には二車線の道路があり、車の通りも其なりにありました。

家の裏には小さな庭があり、1本の小さな木も立ってました。

そこには両親が私の為にと作ってくれた砂場があったので、私は良く、そこで一人で砂遊びをしたり。小さな木によじ登ったりもして、そこから見える海を眺めて居たのでした・・・。


 最初の切っ掛けは、その家の裏庭での事でした。

それは最初の『許される限り、私は何時も水筒を手放さなかった』と言う事になった出来事です。


 私が4歳になったばかりの、秋の始めの事。

我が家の裏庭で私が砂遊びをしてる時でした。

今でもそうですが、私は一人で居るのが結構好きで、一人で思い付いた事があれば、それを元に行動したり、辺りをボーッと眺めては物思いに(ふけ)るのも好きでした。

その時の砂遊びは、砂を使ってミニチュアの庭を作る遊びでした。

砂で囲いを作って、その中に、辺りから摘んできた草花を砂に差してのガーデニングです。

「『マキ』は友達と遊ぶよりも、一人で居るのが好きなのね」と、私は母に良く言われてました。

一人遊びでしたが、裏庭には我が家のキッチンの窓があり、夕食の準備をする母が私の様子を見てくれてたので安心でした。

そうして夢中に成って遊んでる内に、辺りは夕焼けに包まれてました。

すると、私のミニチュアの庭の中に、影が落ちたのです。

それは、太陽が傾いたからではありませんでした。

うつ向いてミニチュアの庭を弄ってた私でしたが、そこに人の形をした影が動いて来るのを見てたからです。

(だれ?)と思った私は、思わず顔を上げました。

そこには、緑色の軍服を着た男の人が立ってました。

子供でも直ぐに軍人だとわかったのですが、それは今の自衛隊(へいたいさん)のでは無く、テレビや映画の中とかで見る軍服(へいたいさんの)だと思いました。

軍服はとても汚れてて、ボロボロになってました・・・。

「お嬢さん。水をコップ一杯に入れて飲ませてくれないかな?」

疲れた感じで掠れた男性の声でした。

夕焼けの逆光で、その人の顔はハッキリと見えませんでしたが、細身の大人のオジサンだと思いました。

私は、ただ黙って頷くと、家の裏口から家に戻り、母に「コップい~っぱいのお水をちょうだい!」と言いました。


『いま考えると不思議ですが、その時は(そのオジサンに直ぐに、コップいっぱいのお水を渡して飲ませてあげたい)とだけ、思ったのです。』


母は「ずっと遊んで喉が乾いたの?じゃあ、先に手を洗って来て」と言って、私を洗面台に連れて行きました。そして手を洗われた私は、母に「早く!早く!」と、水をせがんだのです。

母はコップ八分目の水を私に手渡そうとするので、私は「ちがうの!いっぱい!い~っぱい!の、お水!」とせがみました。

コップいっぱいの水を手に持って溢さずに運ぶのは、大人でも困難です。

だから母は、私にそうして水を渡そうとしたのでしょう。

「コップいっぱいなんて、こぼしちゃうから、これで飲みなさい」と、母は私に言います。

でも私は「私が飲むんじゃないもん」と言いました。

母は怪訝な顔をして「じゃあ、誰が飲むの?」と言いました。

それで私は、返す言葉に困ってしまったのです。

それはきっと、私がしようとしてる事を正直に話せば、母は水を渡してくれないと思ったからでした。

だから私は「いいから!窓から見てて!」と言って、無理矢理にコップいっぱいの水をせがんだのです。

裏口の玄関で靴を履いた私は、母が汲んで持って来てくれた『いっぱいに水の入ったコップ』を両手で大事に持つと、母に裏口のドアを開けてもらいました。

母は、私の行動を不信に思ったのでしょう。

キッチンには戻らずに、ドアを開けたまま、私の後ろ姿を見守って居ました。

この時はもう、最初に兵隊さんから声を掛けられてから、10分は過ぎてたかと思います。

それでもさっきの兵隊さんは、さっきと同じ場所に、じっと立って居ました。

太陽はもう水平線の向こうに沈んでたので、薄明かりで兵隊さんの顔が見えました。

秋の始めなのに、真夏の太陽の下で暮らしてた人のように真っ黒く日焼けして、とても痩せ細ってるのが、顔の肉の付き方からでも分かりました。

私はコップの水を少し溢しながらも、兵隊さんの元へ向かって、ゆっくりと歩きました。

途中で、自分で作ってた大事なミニチュアの庭を踏んで壊してしまいましたが、そんな事はどうでも良い事に思えたのが、子供心にも不思議です。

「はい。どうぞ・・・」

私がそう言って兵隊さんにコップの水を差し出すと、兵隊さんはじっと私の目を見ました。

それからコップの水を両手で受けとると、今度はその水をじっと見詰めました。

兵隊さんの喉の渇きを心配した私は「のまないの?」と聞くと、兵隊さんは「頂くよ」と言って、コップに口を付けました。

それから両手で抱えてたコップを傾けてゴクゴクと一気に水を飲み干したのです。

そうして、そのままの動かなくなったかと思うと、コップを持った両手ごとワナワナと身体を震わせて空を見上げてました・・・。

それから少ししてから、私の目をじっと見て「ありがとう。おいしかったよ・・・」と言って、(から)になったコップを右手に持って私に差し出しました。

私はただ(ああ・・・良かった)と、心から思ったのを覚えてます。

コップを受け取り、ほんの一瞬下を向いた私が次に顔を上げた時には、もう、そこに兵隊さんは居ませんでした・・・。


私が呆気にとられてると、母が後ろから「お空を見上げて飲む水は、おいしかった?」と、声を掛けてきました。

私は「うん。きっとすごくおいしかったんだと思うよ・・・」と言いました。

すると母は、怪訝な声で「思うよって・・・マキが自分で飲んだんだから『おいしかった』で良いじゃないの?」と言って「もう暗いから、お家に入りなさい」と言いました。


 母の話では、コップの水は、私が一気に飲み干したのだそうです・・・。

私はその事に驚きましたが、何故か母の言うことが信じられないとは思いませんでした。


 今に成って思えば、あの兵隊さんは、私に憑依して(のりうつって)、あのコップいっぱいの水を・・・『たった一杯の水』を飲み干して、満足したのでしょう・・・。


あの時の私は、自分が水を飲み干したという驚きよりも、母には、あの兵隊さんが全く見えてなかった事に、とても驚いたのです。

それは『自分だけが見えるもの』があるのだと、初めて知った瞬間でした。

僅か4歳の私でしたが、その事を自分でも不思議なほど冷静に受け止めて居ましたが・・・。

それだけに、私が見た事を母に話す気にはなれませんでした。


そんな事を話しても、母を恐がらせるだけだと思ったからです・・・。


 つ づ く



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