結婚初夜
「お前を愛することはない」
結婚初夜。旦那様となるお方は、そう言い放った。私はモトラスト子爵家で生まれたシャーリー。旦那様は同じく子爵家であるフェリプラス子爵家の嫡男フィレンツェル様。
私の斜め後ろで、私の護衛があたふたしている。落ち着きなさい。
フィレンツェル様には幼馴染で平民の想い人がいるという噂で有名だ。
そのため、結婚初夜には何かしら言ってくると予想していた。
ただ、この結婚は契約結婚だ。そこを理解できるお方だったら……いや、何も言うまい。
「かしこまりました。では、わたくしも旦那様を愛することはないと誓いましょう」
そうお答えすると、旦那様は驚いたような表情を浮かべられた。なぜ。
「旦那様には、想い人がいらっしゃると認識しております。そのお方への想いが叶ったのならば、そのお方を愛人としてこの屋敷にお迎えくださいませ。ただ、好きでもない女が共に暮らしていると不便でしょうから、わたくしは、わたくしの所有する別邸に移り住ませていただきます。書類で約束いたしましょう」
「あぁ」
「その代わり、私にも同様の権利をくださいまし」
「は?」
目を丸くなさる旦那様。何をそんなに驚いているのでしょうか。この結婚は契約結婚。結婚生活の内容も契約で決めるのが相当でしょう。
「わたくしにも、結ばれることのできない想い人がおります。ですから、旦那様のお気持ちは痛いほど理解できるつもりです」
悲壮感を浮かべた私に、旦那様は同情するような視線を向けられます。
「もしも、この想いが叶ったのならば……そうなったのならば、想い人と共に過ごす時間が欲しいのです。二人きり……いえ、子ができるかもしれませんわ」
「子を孕むつもりか!?」
「え? 旦那様は想い人を愛人となさったのならば、子を儲けるつもりはないのですか? でしたら、わたくしも子を生すことのできない薬を服薬いたします」
私の言葉に、旦那様は気まずそうに目線を逸らされました。自分は子を儲け、私には子を生さないよう強制する。不平等ではありませんか。
「あぁ、後継のことをご心配でしたら、子は想い人に養子に出す形にいたしましょう。もしくは、我がモトラスト子爵家の養子として私が養育する、という方法でもいいかもしれません。もちろん、旦那様のお子は旦那様のお子としてお育てくださいませ。もちろん、教育にかかる費用、別邸での生活にかかる費用、こちらはわたくしが自ら負担いたします。双方の想い人や子供については、関わらない方向でいきましょう。旦那様のお子にわたくしが関わったら、お困りになるでしょう? 社交につきましては、必要があればわたくしも参加いたしますが、やはり想い人のお方とご出席されたいようでしたら、旦那様のご希望の通りの契約内容にいたしましょう?」
私は、言葉を連ねます。
「ただ、わたくしの契約条項は、わたくしの想い人がわたくしの愛に応えてくれたら、という妄想でしかございませんもの」
そう悲しそうに言うと、旦那様は納得した表情を浮かべられました。
「ただし、わたくしが旦那様のお子様の教育にかかる費用を負担することはございません。今回の婚姻にあたって、すでに資金の援助は済んでおります」
「そうだな」
今回の婚姻では、旦那様の負債となってしまっている事業の買取が契約内容になっております。それ以上の負担は、双方自力でという形になるでしょう。そもそも、私に興味のない旦那様です。私が資金をそんなに持っていないとお思いでしょう。
「では、教会での誓約魔法でこの内容を契約致しましょうか?」
教会での誓約魔法。神の面前で行うとされるこの契約は、すべての契約を凌駕する。私が子を生した時にフェリプラス子爵家を乗っ取られたらと考えたのか、旦那様はすぐに了承なさいました。
「では、わたくしは別邸で過ごしますわ。旦那様もわたくしもお互いの恋がうまくいくように願っておりますわ」