二話・適性検査
しばらくはランダムで上げていきたいと思います。
【領域】
世間一般では【ダンジョン】の通り名で親しまれている、現代のパンドラの箱だ。
災害とか、パンデミックとか、もろもろ落ち着いて久しい。
しかし過去には世界を絶望のどん底に叩き込んだので、その表現は間違いではない。
いや、日本の各種自給率を上げる豊富な資源、そして人類が手に入れた未来への翼とも評される希望。それらを鑑みれば、的確と言っても間違いないかもしれん。
領域が最初に発生したのは今から半世紀ほど前、中国河南省だったと公式には記録されている。
まぁ、時を置かずして世界中で同時多発的に発生しているので、始まりがどうと言うものでもないが。
日本を含め、対応部隊が展開できないような地域では人類の勢力圏を失陥する事も多々有った。
日本では北海道の一部地域、東日本の山間部、近畿地方の一部、九州の山間部といった場所が、一般の立ち入りが規制される事態となっている。
領域は領域内の生き物を変質させ、時に凶暴化させることもあった。また、ウイルスやバクテリアの変質を促し、それが疫災として人類に襲いかかる事例もあった。
さらに、意思有るものが持つ強い情念や認識が、領域と言う特殊な空間で一種の素粒子ベクトルとして変質傾向を持ち、物理干渉可能なエネルギー体を形成する事例も見られるようになった。
【特定領域発生指定害獣】通称、『モンスター』の誕生だ。
そうして人類は、領域から攻め寄せるモンスターや疫病との戦いに終始するようになった。
それは【ワールド・ブレイクアウト(世界崩壊)】と呼ばれ、世界の常識が変わる節目になった。
しかし領域は人に災害だけでなく、希望ももたらした。魔法の発露である。
人は魔法と言うモンスターに対抗する手段を身に付け、血道をあげて研鑽に身を注ぐ様になった。
実のところ、ワールド・ブレイクアウト以前の武器や兵器でも人類の生存権の確保は難しくなかったらしい。
しかし世界中で工業製品を湯水のように消費する日常は、いずれ破綻を来すことが分かりきっていたため、各国は新たな方策を切望していたと言うわけだ。
そこに魔法と言う超常な力を手に入れた人類は、たった半世紀で『領域と言う存在』を継続可能な未来の中に組み込み、自分達の勢力を取り戻すことが出来るようになったのだった。
最近は、領域から人類の生活圏内に『災害』が来ることは無くなった。
しかしこれからも無いとは限らない。
だが今の世間は、ただ領域探索の良い部分を殊更に強調して煽り立てているように思えてくる。
まるで負の一面を隠すように。
それが凶と出ないことを、一般人は祈るばかりである。
フラグじゃないよ。
才能の適性検査とは、なんとなく予防接種か健康診断をイメージしていた。
地域の体育館や公民館等で実施されるものだと思ったのだが…
周りを見渡せば、そこそこ人が増えてきた。
ここは私の住んでいる地区から一番近い大学の構内の一室、講堂と言うにはこじんまりとしているので、教室の一つであろう。
それでも中学校の教室と比べると三倍ほど大きいが。
「どうした?」
今日は時間の空いていた兄が同行してくれていた。
【楠木孝平】という。
探索士ブームの激しい世代で、それでもなお自分の希望である消防士を目指した独立独歩の人である。
まぁ当然の事ながら、未成年の場合は保護者がいなければ適性検査は受けれない。
これは予防接種の様な一斉定期接種とは違い、申請した者が受けられる一種の資格のようなものであるからだ。
ここで得られた結果は国に申告され、その個人情報は住民票と紐付けられて保管される。
司法資格とか、宅建資格に近い扱いともいえる。
「意外と、少ない」
そう、私が思ったのはそこだ。
この教室は、だいたいすし詰め200人程の教室であるが、今はまばらで三人詰めテーブルも一人や二人で使っている状況だ。全体でも50人は居ないだろう。
その中で中学生、保護者同伴の検査年齢に熟したばかりの子供達は10人ほど。
これに保護者を合わせると全体の半数が中学生グループになる。
残りは保護者同伴の高校生グループに、成人済みの個人参加がちらほらと。
なんと言うか…思ったより少なくて拍子抜けしている。
「そりゃぁな、結局探索資格取れるのは成人してからだし、今急いで検査してもあまり意味はないからな」
いや。
いやいいか。
意味はある。先んじて自分の適正と進路を見つめ直せる。
自らの才能が進みたい進路にそぐわないのであれば、足りない部分を他の技能で埋めるなり進む道を設定し直すなり取れる手段は増える訳だ。
ファイナンシャル・プランニングとは言いすぎかもしれんが、私が欲しいのは自分の情報であるわけだし、情報の習得が早ければ早いほど取れる手段は増えてその確度も上がるわけだから、この適性検査にいち早く応募したのは意味がある。
うん。
だから兄よ。
その残念な子を見守る視線を止めるのだ…っ!
まだ検査開始時間までは余裕があるので、のんびり思索にふける。
はたから見ると、この思索にふけっている様相がボケーっと虚空を見ている感じで心配になるらしい。家族談である。
ほっとけ。
私の家族は父、母、兄2人に姉ひとりの6人家族である。
父は銀行マン、母は古物商、長男は消防士で次男が司法試験を控える大学生。
THE、(そこそこ良い)一般家庭と言うなかで何故私のような異物が生まれたのかはわからない。
しかし十分に愛され、可愛がられてきた自覚はあるので、この人生続く限り私は家族の味方であり続ける事を心に決めている。
ん、姉?長女か…いたな、そんなの。
良いか諸兄、年の近い姉というのはな、離れることの出来ない災害と同義なのだ。
可愛がりと言う名の虐待、お願いと言う名の無茶振り、弟のモノは姉のモノだと行動で示すジャイアニズム。
バイタリティーが服を着ているかのような長女は、その溢れんばかりのエネルギーを抑えきれずに、探索士専修学校なる四年制高校へと旅立っていった。
ちなみに全寮制である。
それを知ったとき私はウィレム・デフォーばりに天を仰いだのだった。中身の感情は正反対かもしれないが、やはり感極まると同じ行動をすると言うのは人の業か…
それを見た姉に腕ひしぎを決められるまでがセットであった。
オチなど要らぬ…
まぁそんなこんなで刺激がありつつ、前世と同じように平和を謳歌している私は、この平和を不動のモノにせんと行動に移したわけだ。
実際に危険の大きい職に就かずとも、研究職や技術職といった専門職はこの平和を維持するための一助となる。
家族のためにも、今動いた方がいいのなら動こうと、前世の経験から踏み出しやすくなった一歩を進めたのだ。
そして大抵の人間は、一歩を踏み出せばわりとコロコロと歩みを進められる生き物なので、これからもそこまで不安視はしていない。
これは前世からの性質か、やる気があって見通しが通るならなんとかなるだろうと言う楽観的性分である。
事実として今までなんとかなってきてしまったのがなお悪い。
私は愚者の方なので、経験に学び経験に無いことはなかなか呑み込みづらいと言う性質も備えている。
命が掛かる職を敬遠したのはこう言った自己分析に起因する部分も大きい。
命懸けの現場では、小さな失敗が致命的な場合も少なくない。
取り敢えずやってみる、は長生き出来んだろう。
とまぁのんびりと携帯を見たり思索に耽ったりしていると、開始時間が来たのか案内のスタッフが入ってきた。
気付くと周りには人が増えている。100人は居ないくらいか。実際検査をするのはこの半分くらいだろうが。
スタッフの簡単な説明が終わると、早速名簿に目を落として名前を呼び上げ始めた。五十音区順ではなさそうだ。三人ずつ、どうやら違う教室で検査するらしい。
程なく私も呼ばれた。
「緊張してる?」
いつもと変わらない私を見てか、確認のため声をかけてきた兄。
幸い、前世から面談や会議のピリついた空気は嫌いではない。
特に緊張した風でもなく、その旨を兄に伝えると当人も見当をつけていたのか『そうか』の一言で会話は終わった。
いや、兄は最後に口の中で『お前、度胸だけは有るよな…』と呟いていた。
私の耳には確かに届いていた。
…兄よ、それ褒めてないよな?




