8. 悪役令嬢と婚約者王子のダンス
どこに行くのかと思えば、行先はバルコニーだった。
なるほど! 外の風にあたって本当に顔を冷やせということらしい。
「キャサリン、足元に気を付けて」
「あ、ありがとうございます」
段差があった所で当たり前のように差し出された手を取りながら思う。
殿下は優しい。
エスコート一つ取ってみても本当に細やかに気配りをしてくれようとしているのが分かる。
私が記憶を取り戻す前くらいの、程々に冷たい距離感だったなら、こんなに戸惑う事も無かったのに。
どうして、殿下は急に変わってしまったのかしら?
(どうせ捨てられる運命なら優しくされるのは辛いだけ)
心を寄せて裏切られるのはもうごめんだ。だって、物語は開始してしまった。
だから、この優しい手はそのうち───……
───ギュッ
(……うん?)
殿下がそのまま私の手をギュッと握り込む。
「この手を離したくないなぁ」
「な、にを言って……いる、のですか……」
(赤くなった頬を冷ましに来たはずなのに、ますます赤くさせるような事を言うなんて酷い!)
「……だって、この手を離すと、キャサリンが僕の手の届かない遠くに行ってしまうような気がする」
「?」
(遠くに? まだ行く予定は無いわよ?)
「僕が伸ばした手はいつだって遠くて届かなかった」
「殿下……?」
「僕はそれが、悔しくて……」
また、殿下の様子がどこかおかしい気がして顔を見る。
最近、時折見せるどこか遠くを見ている表情なのは変わらなかったけれど、それ以前に“何か”が私の胸に引っかかった。
(…………あれ? この表情……)
───今じゃない、いつかどこだったかの人生でこの顔と同じような表情をした人を見た事がある気がする───……
「……」
(駄目だわ。繰り返し続けた悪役令嬢人生が長すぎてさっぱり思い出せない)
何だかとてもとても、重要な事のような気がするのに。
「───キャサリン、踊ろうか?」
「はい?」
ここは今、バルコニーなのにこの王子様は何を言い出したの?
そんな目で殿下を見る。
でも、冗談を言っている目では無かった。
「あ! ほら、ちょうど、音楽も流れ出したよ」
殿下が会場の方にチラリと視線を向ける。確かに音楽が流れ始めていた。
「で、ですが……」
「あれ? キャサリンさんは足元が悪い所では踊れないと言うのかな?」
「!……そ、そんな事はありません! 馬鹿にしないでくださいませ!」
挑発された気がしたので、ムッとした私は軽く睨み返した。
なのに殿下は睨まれても気にせず笑っている。
「そこまで言うのなら、上達した私の腕前、披露させていただきますわ!」
(見てなさい! もう、あんな風にため息を吐かせたりしないんだからっ!)
「……ははは、さすがキャサリン。そういう所は変わ………………うん」
殿下は何かを言いかけたけど笑って誤魔化し、私の腰に腕を回して身体を引き寄せてダンスが始まる。
(そういう所は? なんて言いたかったのかしら……)
「……」
「……」
───お、踊りやすい!
何故か始まったバルコニーでのダンスは、足場も悪いのに何故かとても踊りやすかった。
自分の腕が上達したから? でも、それだけでは無い気がする───
(どうしてかしら……“懐かしい”なんて思ってしまう)
殿下のダンスも完璧すぎて私は言葉が出ない。
けれど、この方、こんなに上手だったかしら? そんな疑問が浮かんだ。
記憶を取り戻した私と、こうしてまともに躍るのは初めてな気がするのに、何故か私の癖が読まれていて上手くリードされる。一年前はそんなリードが出来る人では無かったのに。
(初めて……な気がしないわ)
不思議、本当に不思議……
「……キャサリン、本当に上手くなったね」
「ホホホ、でしょう?」
「あぁ。さすがキャサリンだね」
褒められたのが嬉しかった私は得意顔で微笑む。そんな私を殿下が優しく笑って見つめていた。
ペアの服を着た私達のバルコニーでのダンスは別の意味で目立っていたらしく、踊り終えた後の拍手喝采に私は驚かされた。
いつの間に……!?
「二人ともすごく素敵でした!」
「キャサリン様、お綺麗です」
「あんなに、ダンスが上手だったなんて知らなかった」
あれよあれよと人に囲まれて、そんな言葉をたくさん貰えたら、嬉しくて嬉しくて自然と笑みがこぼれた。
(ざまぁされている時以外でこんなに注目を集めたの久しぶりかもしれないわ)
「あ、ありがとうございます!」
(何だかとても照れくさい……)
「……キャサリン様が微笑んだ!」
「お綺麗……!」
私が笑って答えると、何故かまた皆がどよめいていた。
だから、浮かれていた私は気付かなかった。
この時、ピンク色の髪をしたヒロインの何かを含んだ視線がこちらを向いている事に……
────
「キャサリン、何か飲み物を取って来るよ。何がいい?」
「ありがとうございます、では果実水をお願いします」
「分かった。待っていて?」
殿下とのダンス、そしてその後、多くの人に囲まれた私は少し疲れていた。
そんな私の様子に気づいた殿下は自ら飲み物まで取りに行ってくれるという。
(なんて、いたせりつくせり……!)
そんな殿下を後ろから見送っていたら───
ドンッ!
「!?」
「……きゃっ!」
(な、何!?)
突然、後ろから人がぶつかって来たのでその衝撃で私はよろけた。
「す、すみませ~ん、ごめんなさい、大丈夫でしたかぁ?」
「……っ!!」
「前を見ていなくてぇ……本当にごめんなさぁい」
(この喋り方とこの声は────)
「……」
(やっぱり……!)
おそるおそる振り返ると、そこにはピンク色の髪の毛をしたヒロインの姿が。
彼女は何故か謝っているはずなのに笑顔で立っていた。




