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7. 悪役令嬢に甘くない世界


(な、何て格好をしているの────!)


ヒロインことリリーナは、とてもみすぼらしい格好をしていた。

あれはどこからどう見ても一昔前に流行った完全な型落ちドレス。

明らかに誰かのお下がりにしか見えない。


(そういえば、ピラスティス男爵家にはすでに令嬢がいたと聞いたような……つまり異母姉?)


その令嬢のドレスなのかもしれない。

しかも、ヒロインの着ているドレスは胸元がとても大きく開いているデザインなので、それが身体にも雰囲気にも合っていなくて何とも言えない感じになっていた。


(……せめて、せめて! 胸に何かをつめる努力をして頂戴……!)


ヒロインの胸は……その、コホッ……失礼ながら大変ツルペタで、そのせいでみすぼらしさがかなり際立ってしまっている。

私は、色々と叫びたい気持ちをぐっと堪えた。


「えっと……遅れちゃって、すみません~」


ヒロインはえへへと笑ってペコッとお辞儀をした。


(だから……!)


格好だけでなくヒロインの態度は平民だった事を差し引いても全く貴族女性には見えず、私はまたしても叫びたくなる。


───なんて、みすぼらしい格好をしているの! ここがどこなのか貴女は分かっていて?

───それから、その言葉づかい……何とかなりませんの?


と、言いたい……というか、昔の私なら確実に言っていた気がするわ。


(……でも、ダメ)


そんな事を口にして自ら悪役令嬢になりにいってどうするの?

ただ、破滅の時が早まるだけ……


(こういう時は深呼吸して落ち着きましょう)


「……」


どうにか衝動は抑え込んだけれど、それでも悪役令嬢の血が騒ぎだしそうでとても辛い。

やっぱり自分は“悪役令嬢”なのだと改めて思わされた。


(だから、ヒロインに関わるのは嫌なのよ……)


そのまま私は何もせずヒロインに背を向けようとしたけれど、やっぱり世の中は私には甘くないようで……


「まぁ! 見て! なんて格好なの! いつのドレスかしら」

「言葉づかいも非常に幼稚ですわよ……」

「しまいましたぁ……すみません~……ですって! 嫌だわ」

「さすが、元庶民さんは違いますわね」


悪役令嬢の(取り巻き)令嬢達がヒロインを見ながら、どこかで聞いた事のあるお決まりのセリフを口にする。


(これ、嫌な予感がする……)


「あぁ、そうですわ! キャサリン様! ここはしっかり()()()彼女に注意すべきかと思います!」

「ええ、そうね。わたくしは、エリック殿下の婚約者でもあられるキャサリン様のお言葉でしたら、わたくし達が何か言うより伝わりやすいかと思いますわ」

「お願いします、キャサリン様! ここはガツンと彼女に言ってやってくださいませ!」


(やっぱりこうなった……!)


…………これは本格的に物語が始まったのかもしれない。そう思った。

編入時の迷子イベント(勝手に名付けた)は失敗に終わったのかもしれないけれど、きっとこの世界はこれまでと同じように辻褄を合わせながら最後……ヒロインのハッピーエンドまで物語を進めていくに違いない。


(そして、もちろん、私は絶対に幸せにはなれない悪役令嬢───……)


「キャサリン様? どうなさったのですか?」

「……」

「キャサリン様? 早く……!」

「……」

「キャサリン様!」


私が全く動こうとしないからか(取り巻き)令嬢達が不審そうな目で私を見ながら必死に名前を呼んてくる。


(…………嫌、絶対に嫌! 私は関わらない! 悪役令嬢のお役目なんて知らない!)


「キャサリン様、早く──」

「……わ」

「────あぁ、キャサリン、お待たせ」


彼女達に冷たい目で見られようとも、私は……ヒロイン、リリーナの元には行かないわ!

ちょうど、そう宣言しようとしたタイミングで殿下がやって来た。


「エリック殿下……」

「あぁ、キャサリン……君から離れてしまって、すまなかった」


そう言いながら、エリック殿下は私の肩に腕を回してそっと抱き寄せて来る。

その反動で私は殿下の胸の中に飛び込んでしまった。


(なっ!?)


「殿下……? あ、な、何を…………」

「どうかした? キャサリン。目を丸くして驚いている君も可愛いね」

「!!」


(何を言い出してるの……!)


「あ、顔まで赤くなった。うん。ますます可愛い」

「エリック殿下っっ! 何を……」

「キャサリン」


何を馬鹿な事を───

そう口にしそうになったけれど、殿下はさらに腕に力を込めて私を囲い込み黙らせた。

その様子を見ていた(取り巻き)令嬢達が、きゃぁ! と黄色い声を上げる。


「あぁ、君達。今日のキャサリンは僕と過ごすのに忙しいので、もう連れて行こうと思うのだけど構わないよね?」

「え? あ……」

「あれ? もしかして、何か不都合でもあるのかな?」


(気のせい? 殿下の声が冷たいような……)


声だけ聞くと怒っているようにも聞こえる。

そのせいなのか、先程まで黄色い声をあげていた(取り巻き)令嬢達は「でも……」と戸惑い、気まずそうに顔を見合わせていた。


「それから……」


殿下はチラッとヒロインの方に視線を向けると言った。


「貴族社会に不慣れそうな令嬢に色々教えるのはもちろん大事で必要な事ではあるけれど、時と場所はよく考えて欲しいかな」

「……で、殿下……」

「僕は今日、こんなにも可愛い婚約者(キャサリン)とのダンスをずっと楽しみにしていてね? だから、余計な事をして邪魔をしないで欲しいんだ」

「っ!」

「も、申し訳……ございません……」


殿下は謎の圧力をかけながら(取り巻き)令嬢達を諌めていた。


「さてと……さぁ行こうか? キャサリン。そうだな……まずは先にその赤くなった頬を冷まそうか」

「?」


私が何で? という顔をしたら殿下は苦笑する。


「君の赤くなった顔を見ていると、どんどんいけない気持ちが芽生えてしまいそうになるんだ」

「…………?」


意味が分からなくて首を傾げた。


「ははは……キャサリンらしい反応だなぁ……さ、行くよ」

「え、あ、はい……」


殿下が差し出した手をそっと取り、私は歩き出す。


(……何これ)


よく分からないけれど、これは悪役令嬢、もしくはその取り巻き令嬢がヒロインの揚げ足を取ってネチネチ絡みだすという嫌味展開になるのを……回避、した事になる……のかしら?


(こんなの初めてでどうしたらいいのかよく分からない……)


私は歩きながらチラッとヒロインの方を見る。

すると、ヒロインの彼女は目を大きく見開き、驚いた様子でずっとこっちを凝視していた。



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