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4. 可愛いという言葉



ヒロインの彼女の名前は、リリーナ・ピラスティス。

ピラスティス男爵家の令嬢との事だけど、男爵の愛人だった平民の母親が亡くなった事で男爵家に引き取られたばかりなのだとか。


(成程……だから、こんな中途半端な時期に転校して来た、と)


これはもう調べれば調べるほど、彼女がヒロインにしか思えない。これまで私が出会ったヒロインだった令嬢達と本当によく似ていること、似ていること……

悪役令嬢とヒロインは、ほぼ正反対の存在でなくてはならないから、だいたい似たような感じになってしまうのかもしれない。

無邪気で天真爛漫、可愛い笑顔、清楚な雰囲気……悪役令嬢が決して持つ事のない要素満載で……さらに庶民に近い感覚が王子にはとても新鮮に思えていつしか彼女に惹かれていく。


(ありきたりだけど……今回もこのパターンだと思ったのに)



いつもの朝の馬車の中で私は、向かい側に座って外を眺めている殿下に声をかけた。


「エリック殿下、あの校門でうろうろしていた令嬢はやはり転校生だったみたいですね」

「へぇ」

「クラスは違いますが、私達と同い年のようです」

「へぇ」

「最近、貴族社会に飛び込んだばかりで苦労されてるみたいですよ」

「へぇ、大変そうだね」

「……」

「……」


(待って? 何、この反応……全く興味が無さすぎでは?)


これ以上、この話題を続けていいものかと悩んでいると、殿下の方から口を開いてくれた。


「……キャサリン。実は僕、ずっと気になっている事があってさ」

「!」

「今、聞いてもいいかな?」


エリック殿下がかなり真面目な顔つきになったので、さっきまでは興味の無いフリをしていただけだったのかもしれないと思い、私も背筋を正して話を聞く姿勢をとる。


「な、何ですの?」

「うん……あのさ」


そう言って殿下は何故か、私の髪の毛をそっと手に取る。


「……!?」

「キャサリンのこういうクルクル……縦ロールと言うんだっけ? は、毎朝毎朝、時間をかけてセットしているものなの?」


(……はて?)


なんと、エリック殿下は私の髪の毛(縦ロール)のロール部分を真剣な目で見つめて、クルクルと弄びながらそんな事を訊ねてきた。


(えぇえええ!?)


「ひ!」

「ひ?」


(ヒロインの話、全然、関係なーーい!)


思わず、そう叫びそうになってしまった。

え、もしかして本当に彼女の話に興味が無いの? どうして!?


「コホン……いえ、失礼しました」

「?」


ヒロインの話には何一つ興味を示さず華麗に流しておいて、真面目な顔つきで聞く事が、まさかの……

“悪役令嬢の縦ロールについて”


(本当に調子が狂う……)


とりあえず聞かれたのだから答えなくては、と思った。


「私の場合はもともと毛先がクルクルしている癖がついておりますわ。ですから、それを毎朝、侍女達が美しく整えてくれていますの」

「癖? あぁ、だから昔からその髪型なのか」

「……」


ヒロインのリリーナが、ピンク色の髪の毛だったように、悪役令嬢の私は縦ロール。

見た目で分かりやすいからなのか、位が高く見えるのか……

これまでの悪役令嬢人生の殆どがこの髪型だった。


(正直、飽きたわ)


喜んだのは最初だけ。

本当に縦ロールなのねーって。

……あんまりにも繰り返すものだから、どうせならもっと自由な髪型で過ごしてみたいのに! と嘆いたのは、いつの悪役令嬢の時だったかしら。


「……癖がついてしまっているなら難しいのだろうね」

「? 何がですか?」

「何って、キャサリンの髪型だよ。僕の知っている限り、昔からあまり変わらないからキャサリンも同じ髪型ばかりで飽きてしまっているんじゃないかと思っていたんだけど」


──ドキッ

一瞬、心の中を見透かされてしまったのかと思った。


「でも、このクルクルした髪の毛は可愛いらしくてキャサリンに似合っている」

「にっっ!」


エリック殿下は再び、私の髪の毛の毛先をクルクルと弄びながら、笑顔でとんでもない発言をした。


「なっ……な……」

「……あれ? キャサリンが赤くなった」

「なっ! なっていませんわよ! 殿下の気の所為です! わ、私は至って普通ですわ!」


私は全然、説得力のない顔で反論する。


「ははは! そんな真っ赤な顔で……キャサリンは意地っ張りだなぁ」


そう言ってエリック殿下は私の頭をそっと撫でる。

今度は頭!


「っっ!! こ、子供達扱いですの!?」


(私の年齢は通算、何歳だと思ってますの!? うんと年上ですわよ!)


ちなみに、おそろし過ぎて考えたくなくてちゃんと計算した事は無い。


「子供扱い? まさか! 僕の婚約者は可愛いなぁ、と思っただけだよ」

「かっ!」


(可愛いですって!?)


婚約者という存在から初めて聞く言葉に私はとにかく動揺した。


『いつもいつも、取り澄ましたような顔をしやがって!』

『彼女のように可愛らしい笑顔を作る事も出来ないのか?』

『冷たい女だな』

『可愛さの欠けらも無い女だ』

『心が醜いと表情にも現れるみたいだな』


もはや、どの悪役令嬢の時代の浮気王子が口にしたのかは完全にうろ覚えだけれど、こんな言葉なら嫌という程たくさん聞いて来たのに……


(可愛い……?)


「~~~っっ」

「キャサリン?」

「……み、見ないでください」


私は、あまりの恥ずかしさに両手で顔を覆う。

たとえ手で覆って隠しても顔が赤いのはバレバレだと思うけれど。それでも恥ずかしかった。


(知らなかった……“可愛い”と言われるのってこんなに、照れくさいものだったんだ)


いつだって“可愛い”はヒロインの為の言葉。間違っても悪役令嬢に向ける言葉じゃない。


(殿下、あなたが『可愛い』と言うべきヒロインはあちらのピンクの子です……! 間違ってます)


そう言いたいのに。

長く繰り返し続けた人生の中で、初めて貰った可愛い(言葉)を消してしまいたくなくて言えなかった。


エリック殿下はそんな私をずっと優しい目で見守ってくれていた。


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