3. ヒロイン登場(?)
私が一人で色々と葛藤している間に馬車は校門の前に着いていた。
「……あれ? 校門の前でうろうろしている人がいる。何しているんだろう?」
私より先に馬車から降りる準備をしていた殿下が外を見ながらそう呟いた。
(校門の前でうろうろしている人?)
まさか、不審者か何かかしら?
その言葉を聞いて私もそっと馬車の窓から外を覗き込む。
すると、そこには一人の女性が困った様子でうろうろしていた。
「あの動きは……迷子でしょうか?」
「でも、今は新入生の入って来る時期ではないよ? 入学式は来月だろう?」
「それもそうですね……」
という会話を殿下としながら私は、ハッと気付く。
(──ヒロインかもしれないわ)
遂に“その時”が来たのかもしれない。
ヒロインの登場はとにかく目立つ。だって、ヒロインだから!
ヒロインなのだから目立たなくてはいけないって法則でもあるの? って聞きたくなるくらい、いつだって目立つ登場をする。
私の悪役令嬢人生の中で最も多かったのは、新入生として学園に入って来るバターンだった。
新入生の一人なのに何故か目立つ! それがヒロイン。
そうそう、中には入学式の最中で倒れて目立っていた子もいたわ。
(しかも、私の婚約者が抱き抱えて救護室に運んでいたっけ……)
「……」
今となっては顔も思い出せない婚約破棄を言い出して来た浮気王子の一人だけれど、何で貴方が運ぶのよ! と、その時に思った。
あれは今、思い出すだけでもイラッとする。
次に多かったのは、季節外れの転入生!
だいたいこのパターンは校内で迷子になっていて攻略対象に助けてもらう。
だから、あの今、校門にいる彼女はそのパターンなのかもしれないと私は思った。
(うーん、もう少し、彼女がヒロインだと確信出来る要素があれば……)
私はうろうろしている令嬢をじっと見つめた。
そして、重大な点を発見する。
「……あぁぅ!」
「!? ど、どうしたの? キャサリン」
ちょっと間抜けな声を出してしまったので殿下が不思議そうな顔で私を見る。
「コホン……いえ……あの彼女はもしかしたら、転入生なのかもしれないと思いまして」
「転入生? 随分と時期外れでは? あぁ、でも、それなら確かにあそこで困っている様子なのも有り得るか……」
殿下は頷いた。
────やっぱり、あの、うろうろしている令嬢はヒロインだわ!
(だって! 小柄で清楚で可愛らしい雰囲気…………何より髪の毛がピンク!)
ベテラン悪役令嬢と化した私がこれまで対峙して来たヒロインの殆どがこの色だった。
何よりこんな意味深に私の前に現れておいて、ピンクの髪をしたモブがいるとも思えない。
と、ここまでで確信したと同時に私は落胆する。
(……面倒くさいわぁ)
だって、これ出会いイベントのはずだから、エリック殿下がこれから颯爽と助けに行くパターンなわけでしょう?
きっと、このままだと私も馬車から降りて一緒について行くことになるから、ヒロインと悪役令嬢の私まで出会っちゃうパターンなわけでしょう?
ここで恋に落ちる瞬間の二人を見守らないといけないわけでしょう?
(……やっぱり、面倒くさいわぁ)
やっぱり私、ここでも悪役令嬢やらないとダメなのかしら?
本当にうんざりなんだけど?
(面倒くさいけど、出会うだけ出会って後は勝手に進めてもらうしかないのかしらねぇ)
申し訳ないけれど、積極的に悪役令嬢をやってあげる元気はもう無い。
まぁ、きっと私がやらなくても誰かが代わりにやってくれる! そして、罪は私に……
(言ってて悲しくなるわね)
今度の世界はどんな冤罪をきせてくるつもりかしら。
悪口、盗難、暴行……全部、経験済みだけれど。
せっかくなので、たまには少しは捻りをきかせなさいよ、と言いたい。
(あ! そうだわ。私はダンスが壊滅的に下手だったから、きっとあのヒロインはとても上手なはず!)
今度のパーティーでヒーロー(エリック殿下)と優雅に踊る姿が目に浮かぶわ。
……それで、婚約者でも無いのに、2回、3回と踊って悪役令嬢の私が嫉妬するという展開にして嫌味攻撃をさせるつもり……
(エリック殿下、さっきは私と踊りたいと言ってくれていたけど、あれはフラグだったのね)
突然、何を言い出したのかと思ったけれど、そういう事だったのね! 納得だわ。
……さて。
色々と納得した所でさっさと面倒な事は終わらせて……
(…………あれ?)
何故か、ここで颯爽と彼女を助けに向かって、出会いイベントを果たす事になるはずの肝心の殿下が全く動こうとしていない。
困ったね、という他人事のような顔で座席に座り直している。
(な、何故!?)
「え、えぇと……エリック殿下?」
「どうかした? キャサリン」
「いえ、あの……」
(でも、ここで彼女を助けに行かないのですか? と聞くのは変な気がする)
そう思った私はそれ以上何も言えず口ごもる。
だいたい、エリック殿下は何故そんなきょとんとした顔をしているの?
うろうろ令嬢の事は心配にならないの?
こう、彼女を見て“運命”みたいなものを感じたりしないの?
(今までの婚約者達は口を揃えて言ったわよ? “運命”の出会いだったんだと!)
すると、私のそんな困惑した様子を感じとった殿下が私を見て苦笑した。
「キャサリン、もしかして何で助けに行かないの? とか思ってる?」
「っ! は、はい……」
「まぁ、薄情かなとは思うけど、どうしても僕とキャサリンが手を貸すと色んな意味で目立つからね」
「え?」
「校門なら、他の人もすぐ通るだろうから少し様子を見ようかな、と。あ、ほら」
そう言われて窓から外を覗き込むと、見知らぬ令嬢がちょうど彼女に声をかけている所だった。
(ええ! ……あれ女性よね? 他の攻略対象者でもなさそうなんだけど!?)
声をかけられたうろうろ令嬢は、戸惑い気味に周囲をキョロキョロしたけれど、そのまま声をかけていた令嬢と一緒に校門の中へと入って行った。
「……」
で、出会いイベントではなかった……のかしら?
私の勘違い? 考え過ぎだった?
「もちろん時と場合にもよるけど、王子である僕が安易に手を貸すわけにはいかないからね」
「殿下……」
「どこにでも揚げ足を取って人を蹴落とそうと考える輩はいるし、何より人の噂というものは怖いから」
(殿下……?)
そう口にした殿下が、どこか遠い目をしているのが気になった。
けれど、すぐに笑顔になって私を見ると今度は茶化すような言葉を口にした。
「あぁ、でもキャサリンが、他の女性に優しくするなんて! と、嫉妬してくれるなら手を貸しても良かったかな? キャサリンは嫉妬してくれる?」
「……私が嫉妬ですか? しませんけど…………って、あ、」
(しまった! つい、反射的に答えてしまったわ)
私は慌てて自分の口元を抑えたけれど、殿下はばっちり聞いていたらしく「そうだろうね」と、苦笑していた。
「ははは。さ、キャサリン、そろそろ馬車から降りようか。足元に気をつけて」
「は、はい。ありがとうございます……」
殿下はそっと、手を差し出してくれて私の身体を支えてくれた。
そうして、ヒロインと思しき令嬢が居なくなった後の校門に私と殿下は降り立つ。
「……」
「どうかしたの? キャサリン。教室に行くよ?」
「……は、はい!」
殿下と一緒に並んで教室に向かいながら、私は思う。
(やっぱり……おかしい)
これまでの婚約者達は皆、ヒロインに出会うとコロッと心変わりしていた。
ならば、ヒロインとの出会いイベント(多分)を果たさなかったかもしれないエリック殿下は、これから先どうなるのかしら、と……