24. 断罪パーティーへ
───この日が来てしまった。
おそらく私が……ざまぁされる日。
(あっという間だったなぁ……)
じっくり時間をかけて進めるゲームもあれば、本当に短い期間で駆け抜けていくゲームもある。
この世界は後者の世界だったのだと思う。
「……キャサリン。殿下……から贈られたドレスで参加するのか?」
「ええ、勿論ですわ!」
お父様が複雑そうな顔でそう訊ねてくる。
前は“誘惑しろ”なんて言っていたのに。随分と弱気になってしまったのね。
────いいか、キャサリン! 殿下の目を絶対に他の女になど向けさせてはならん!
(ごめんなさい、お父様)
「……だが」
「構いません。あのドレスは間違いなくエリック様が私の為にデザインしてくれたドレスに違いありませんから」
「キャサリン……」
今日まで音信不通のエリック様。どうしてこうなっているのかは今も分からない。
分からないけれど、あのドレスを見た時、夢で見たドレスだわ! と思ったのと同時にちゃんと“エリック様”の存在を感じた。
(あのドレスは本当に私の事を想ってデザインされたものよ)
────エリック様の今の気持ちがどうであれ。
「キャサリン。その……お前はこの先どうするつもりだ?」
「お父様?」
今日のパーティーは王宮主催。
なので、会場はもちろん王宮。その王宮に向かう馬車の中でお父様がまたしても複雑そうな顔で訊ねてくる。
「……どういう意味ですの?」
「……」
お父様が言いたい事は分かっているけれど、敢えて訊ねてみた。
「今日のパーティーで、もしかしたら……その、お、お前は……」
「……」
「お前はー……こ」
「エリック様……いえ、殿下に“婚約破棄”されるかもしれないと?」
お父様があまりにも言いにくそうにしているので、焦れったかった私はその先を自ら口にする。
「!」
(図星って顔をしているわ)
「お父様もそう思っているのですね」
「……」
お父様はガクッと項垂れた。
私の耳には何の情報も入って来ないけれど、お父様は何かを知っているのかもしれない。
「そうですね、その時は……」
そこで言葉を切ると、私はギュッと膝の上で拳を握りしめる。
「お父様、私……これまで、ずっとずっとずっーーと、諦めて来た事があるのです」
「キャサリン?」
「もういいや、って自暴自棄にもなっていました」
───どうして、私だけこんな思いをしなくてはいけないの?
繰り返す悪役令嬢人生に対して、ずっとそう思っていた。
でも、違った。私だけじゃなかった。
今世のバグは、リッキーから続くエリック様の想いが引き起こした……そう思っているのは変わらない。
でも、もしかしたら、今世のキャサリン・クリストフ公爵令嬢に転生する一つ前の悪役令嬢の最期の時にヤケになって叫んだあの言葉……
───悪役令嬢? 婚約破棄? ざまぁ? もう、どれもうんざりよ!
あの自分の言葉も引き金の一つだったのかもしれない。
そうして、リッキーがエリック様となり、これまでと少し違う悪役令嬢人生になったのかも。
(まぁ、そのバグは修正されてしまったのかもしれないけれどね)
「お父様、私の最初で最後の我儘をお許し下さい」
「何を今更。お前は昔から我儘ばかりだったろう?」
(酷い!)
「コホンッ…………そうでしたか? ならば私の最後の我儘を……どうかお許しを」
「……」
私は頭を下げてお願いしていたのでお父様の表情は見えなかった。
でも、「駄目だ!」という否定の言葉が無かったので好きに解釈する事にした。
会場に到着すると、既に多くの人が集まっていた。
私が入ったと同時に一斉に視線を向けられる。
(……あぁ、もう! 聞こえているわよ!)
──殿下が……
──最近、様子が……
皆、ヒソヒソ話しているようだけれど、全部聞こえているわ。
(やっぱり、いつもと同じね。もう間違いない)
この、周囲のヒソヒソ、チラチラはざまぁされるパーティーで必ずされてきた事。慣れたものよ。
なので私は特に気にせず、好きに過ごす事にした。
ちょうど、飲み物を一杯貰って飲んだ後、入口が騒がしくなった。
まだ、王族の入場前だったはずなのに、誰が? そう思って視線を向けると……
(…………あ!)
そこに現れたのはヒロイン、リリーナ。
以前のパーティーと違って、ちゃんとしたドレスを着ている。
皆が騒めいたのは、あの時の事があるからだと思われた。
今日の彼女はまさにヒロイン! だった。
ピンク色の髪と可愛らしい容姿にピッタリの装い。
(同じだわ……)
まさにそれは、あの夢の中で見た時に着ていた“ヒロインのドレス”そのものだった。
改めて、今日は断罪パーティーなのだと思い知らされる。
そんな中、ヒロイン、リリーナはグルっと会場を見渡すと、私と目が合う。
「!」
目が合った彼女は、ニタリと笑い、まるで勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
あまりの露骨さに言葉が無くても何を言いたいのかが伝わって来る。
───私の勝ちよ、悪役令嬢。
そう聞こえた。
そのまま彼女は多くの人に囲まれてしまったので、その先の表情はよく見えなかった。
そしてヒロイン、リリーナが会場入りしてから、ようやく……エリック様を含めた王族達の入場の時間となった。頭を下げて出迎える。
(──エリック様)
彼の様子は元気そうに見えたので私は安堵した。何であれ元気になってくれたなら嬉しい。
そして、久しぶりに見たその姿は、見た目だけなら前と変わらない。
違うのは……
(一度も私の事を見ようとしないのね)
私にだけじゃなく、エリック様はニコリともしなかった。
もしかしたら、これが本来の彼の性格だったのかもしれない。
────キャサリン!
「……」
きっともうあんな風に笑いかけてくれる事は無いのだと私は覚悟を決めた。
────そして。
「キャサリン・クリストフ公爵令嬢! 皆の前で今日は君に大事な話がある!」
陛下達のダンスでパーティーが幕開けとなり、皆が思い思いに過ごしていたその時……エリック様のこの声が会場内に響き渡った。
(……っ! 来たわ。やっぱり来た……覚悟はしていたつもりだったけれど)
そんな事を思いながら前に進み出て顔を上げると、エリック様と目が合う。
「……」
「……」
(無表情だわ……何の感情も読み取れない)
また、この時にふと思った事がある。
このお決まりの“悪役令嬢への婚約破棄宣言”の時に、ヒロインを腕に抱かずに宣言しようとする婚約者王子様は初めてだわ、と。
(気にはなるけれど、それよりも、今は話を進めないといけないわね……)
そう思って口を開く。
「エリック様、こんな大勢の方々の前で私への大事な話とは何でしょうか?」
「……キャサリン。君も分かっていると思うが、僕は───」




