23. 異変
それから数日が経った。
最初の数日こそヒロインがまた何かして来るのでは?
と、警戒していたけれど、何かを仕掛けてくる様子は見受けられずに平穏に過ごしていた。
ヒロインは相変わらず皆にチヤホヤされて過ごしている。
(……けれど、少し人数が減ったような? ……気の所為?)
そんなある日の放課後。
いつものように、エリック様と手を繋いで馬車まで向かっていると、エリック様がそう言えば……と切り出した。
「パーティーですか?」
「うん、今度あるんだ。それで、またキャサリンにドレスを贈りたいと思っているんだけど」
「え! ま、また……ですか?」
エリック様はにこにこした顔でそんな事を口にする。
(あ、そっか!)
この間のドレスが残念な事になってしまったから……
エリック様としては絶対に譲れない事なのだと分かった。
(本当に私の事ばっかり……)
「ありがとうございます」
「あ、安心して! キャサリンに似合うデザインは昔からたくさん考えてあるんだ。だから、今回も自信がある!」
(……え!)
「む、昔から?」
どうやら、今回もデザインにエリック様が関わっているらしい。
王子様なのにその知識やら技術は一体どこで……そんな目でエリック様を思わず見つめてしまった。
「ほら、僕はずっと弱小貴族の子どもだったから、嫡男じゃない時は働かないと生きていけないだろう?」
「あ……」
「だから昔、服飾関係のお店で働いていた事があるんだよ。その時に色々教わったんだ」
「エリック様……」
私と違って、転生する度に様々な身分の男性になっていたエリック様はある意味、人生経験が豊富なわけで……
なるほどね、と大きく納得した。
「その後、生まれ変わる度に毎回毎回その時のキャサリンに似合うドレスを考えるようになったんだよね。で、それは今も続いている」
「!!」
(王子様ーー! あなた、そんな暇どこにあるのーー!)
と叫びたい気持ちになったけれど、エリック様が楽しそうなので言えない。
私はぐっと叫びたい気持ちを押し殺した。
「だから、ドレス楽しみにしていてね、キャサリン」
エリック様はとても嬉しそうに笑って言った。
(……もう!)
「ありがとうございます! でも、無理して倒れてしまわれるのは嫌ですよ?」
「……キャサリン」
「新しいドレス……た、楽しみにしています、から!」
「……!」
私が照れながらそう口にすると、エリック様は立ち止まるってとても嬉しそうに私を抱きしめた。
「も、もう! エリック様!」
「ははは! 赤くなった! キャサリン可愛い!」
「~~!」
何気無い、いつもの会話。
───でも。
きっと、これがフラグだった。
「……エリック様……殿下が倒れた!?」
「ああ、だからキャサリンには暫く、一人で学園に通ってくれ、との事だ」
「!」
それから数日後。
学園がお休みだった日の翌朝、いつものようにエリック様のお迎えを待とうとしていたらお父様が私の元にやって来て「今日は殿下からの迎えは来ない。先程、早馬で連絡があった」と告げられた。
どうして? と訊ねたら……エリック様が倒れたと言う。
突然の事で動揺した私の声は震えてしまう。
「まさか! な、な、何かの病気、ですか!?」
(お願い、お父様! 大した事の無い病気だと言って!)
「……王宮からの連絡では単なる過労だと書かれているが……実際はどうだろうな」
「過労!」
(無理はしないで下さいと言ったのに……!)
「お、お見舞い……」
「駄目だ」
「え?」
軽くパニックになってしまい、真っ先に思ったのはお見舞いに行きたい、だった。
けれど、お父様が駄目だと首を横に振る。
「キャサリンは来ないように……と王宮からの手紙には書かれていた」
「来ないように?」
私は不思議に思う。
エリック様からも王宮からもこれまで一度だって言われた事のない言葉。
「あぁ。もしかしたら殿下はまだ、目が覚めていないのかもしれんな。目が覚めたらお見舞いの許可も降りるだろう」
「……分かりました」
(何かしら? すごく嫌な予感がする)
エリック様が倒れたから?
でも、この胸の奥のモヤモヤはそれだけではない気がしてとても怖かった。
(お願い、エリック様。どうか無事でいて)
一日でも早く元気になってくれますように、と心から願った。
だけど、それから数日が経っても私のお見舞いの許可は降りなかった。
(お父様の話によるとエリック様の目は覚めているらしいけれど)
王宮で働いているお父様もエリック様には会えていないらしい。
と、言うよりも今、エリック様は人前に全く出て来ないと聞いた。
(何があったの……無事なの?)
エリック様は当然、学校にも姿を見せない。手紙も何度か書いては見たけれど返事が来ることはなかった。
「さぁ、お嬢様。出発しますよ」
「ええ、お願い」
今の私は自分の家の馬車に乗って学園に向かっている。
いつもエリック様と通っていた馬車と大きさも乗り心地もそんなに変わらないはずなのに全然違う。
「知らなかったわ。馬車の中ってこんなにも広かったのね」
───キャサリン!
目を瞑って頭に浮かぶのは愛しそうに大事そうに私の名前を呼ぶエリック様の声とその姿。
でも今、隣にその彼はいない……それだけでこんなにも胸が苦しい。
「エリック様……あなたがいないと寂しいわ」
一人ぼっちで乗っている馬車の中で私はそう呟いた。
(不可解と言えば……)
「何故かヒロインも学園に来ていない……のよね」
さり気なく周りに理由を聞いてみたけれど、誰も理由は知らず、首を傾げるばかり。
でも、私がこれまでたくさん過ごして来た悪役令嬢としての勘が言っている。
ヒロインに“何かあった”に違いない、と。
でも、それよりも今はエリック様だ。
「……エリック様。お願い無事でいて」
私はそう祈る事しか出来ない。
もう何日彼と会っていないのかしら? そう思って日付を数えてみる。
「あ……」
そこで、もうすぐエリック様の言っていたパーティーの日が近付いている事に気付いた。
(あぁ、もしかすると)
「…………その日が悪役令嬢の“断罪”の日、なのかもしれないわね」
かもしれない、じゃない。
きっとそうなんだ。それで何らかの力が働いてこの日、私は──……
「……」
私は静かに首を横に振りながら、それ以上考える事をやめた。
◇◆◇◆◇◆
それから、更に数日後。未だにエリック様とは音信不通が続いていた。
だけど、この日。何故か王宮から約束のドレスが届いた。
「……王宮から? どうしてエリック様の名前ではないの? ────あっ!」
不思議に思いながらも箱を開けてドレスを確認すると……
その箱に入っていたドレスは、いつだったか夢に見た悪役令嬢キャサリンが、婚約者のエリック様に冷たく婚約破棄を宣言された時のドレスと全く同じだった。




