18. ハッピーエンドだったはずの世界は
(これは偶然……なの? それとも……)
『全く……本当にケイティ様は……』
『リッキー?』
『何でもありませんよ、行きましょう、ケイティ様』
(あ……!)
今の顔はエリック様が苦笑した時とすごくすごく似て……ううん、笑い方が同じ。
───ようやく分かったわ。エリック様にたまに感じていた既視感はこれだったのね。
と、そこまで思った時、ぐにゃりと視界が揺らいで場面が切り替わる。
今度は王宮と思われる場所で人が揉めていた。
『ふざけるな! お前達のせいでケイティ様は死んだんだ!』
『まぁ! 酷いわ。なんて言い草なの。ジョゼフ様、こんな男の言う事は聞く必要ありませんわ』
『あぁ、そうだな』
ジョゼフ殿下とリリーに向かって、なんとリッキーが詰め寄っていた。
けれど、二人はリッキーの事を軽くあしらっている。
(死んだ……? これは、ケイティが事故で死んだ後……?)
リッキーが悔しそうに叫ぶ。
『ジョゼフ殿下! ケイティ様はずっとずっと貴方だけを真っ直ぐに見ていたのに……どうしてですか……! 貴方だって不器用ながらもケイティ様の想いをちゃんと……』
『……』
『あぁ、もう! 本当に煩い男ね。ジョゼフ様と私は真実の愛で結ばれてるのよ───邪魔しないで!』
『……ぐはっ』
リリーはヒロインとはとても思えない顔と口調でリッキーを突き飛ばすとそのまま彼を足蹴にした。
『執拗いのよ、毎日、毎日……ケイティ、ケイティって! もう死んだ女の事でしょ』
『ぐぁぁ……』
(リッキー! リリー止めて!! ジョゼフ殿下も止めてよ!)
何これ、どういう事? リリーは何をして? ……これが、あの清らかなヒロインのする事なの?
何でジョゼフ殿下は暴行を受けているリッキーの事を黙って見ているだけなの?
分からない。分からないけれど……
(まさか、これは私の知らないあの世界の続き……なの?)
ヒロインとヒーローは結ばれてハッピーエンド!
めでたしめでたし……で、幸せになったのではなかったの?
それに、ヒロイン・リリーの醜く歪んだ顔が今のヒロインととても似ていて既視感しかない。
「リッキー…………え? ……あっ」
そして、再び場面が切り替わった。
『……婚約破棄? 私がケイティにそう告げた?』
『はい。大勢の前でケイティ・ベリアル公爵令嬢を罵って、リリー様を抱きしめながらそう宣言されました』
『……なっ!』
そこは王宮の一室。
ジョゼフ殿下が側近から何やら話を聞かされていて大きなショックを受けている様子だった。
そんな側近の傍らには何故かリッキーもいた。
『…………全然、記憶が無いんだが』
『ジョゼフ殿下、あなたはずっとリリー様に操られていたようなのです』
『私が? リリー……彼女と会った事は覚えている。ピンク色の髪が特徴的で、無邪気な笑顔が可愛らしくて守ってあげたい……そう思った』
『他にリリー様にされた事で覚えている事は?』
側近が厳しい目で殿下に訊ねる。
『……差し入れとして焼き菓子を貰った……』
『! 毒見もせずに食べたのですか!?』
『す、すまない……だが、そこから先の記憶が全て曖昧だ』
ジョゼフ殿下が苦しそうに頭を抱えながらそう言った後、はっ! と、何かに気付いたようにリッキーの顔を見て訊ねた。
『リッキー、ケイティは……ケイティは今、どうしているんだ……?』
『…………ケイティ様は亡くなりました』
『亡くなっ!? ……う、嘘だろう?』
驚きの顔を見せるジョゼフ殿下に対してリッキーが鎮痛な面持ちで静かに首を横に振る。
『嘘ではありません。殿下、僕はその事で何度も貴方達の元を訪ねたのですが。どうやら、その事すらも覚えておられないようですね』
『……!』
ジョゼフ殿下の顔が青ざめる。
『ケイティ様は貴方に命じられた修道院に向かう途中に事故に遭われてそのまま……』
『私が……命じた?』
ジョゼフ殿下は明らかにショックを受けていた。
私はここまでのやり取りを呆然と見つめる。
(───どういう事? ジョゼフ殿下はリリーに操られていた? そう聞こえたけれど)
それに、ジョゼフ殿下のこの様子……自分が何を口にしたかも覚えていないないみたいだわ。
と、そこまで考えた所でハッとする。
────理由は分からないけど、僕はあの女は、何か不自然な薬か何かでも使っているんじゃないかと思っている。
────昔さ、すごくすごく昔だけど、これと似たような状態になった人を知っているんだ。
(被害者は一人だと言っていた。まさか、エリック様が語っていたのって……)
そうよ、私……あの話を聞いて、ゲームの攻略みたい……そう思ったわ。
ん? 待って? エリック様はあの後、なんて言っていたかしら?
────そうだね……自我を取り戻したすぐ後は錯乱状態だった……かな。
────その後、自分がおかしくなっている間に起きていた事の話を周囲から聞かされて大きなショックを受けてしまって結局、彼は家の後継からは外される事になった。
(……ジョゼフ様!)
間違いない! あの話こそが、今まさに私が見ている光景の事なのでは?
つまり、犯人はヒロインのリリー?
けれど……犯人は薬の使用を否定していて、とある事件で亡くなった……と言っていた。
つまり、時を置かずしてリリーも?
(ま、まさか、本当に……?)
「こんなのハッピーエンドどころかバッドエンドじゃないの……」
私がそう呟いたまさにその時、ジョゼフ殿下が取り乱し錯乱し始めた。
側近が慌てて宥め、リッキーは悲しそうにその様子を見ていた。
そんな彼らの様子を胸を痛めて見ていた私だけれど、ハッと改めて気付く。
(え? ───そうなるとエリック様は……エリック様の語っていた昔が“この事”ならば……)
「……エリック様。あなたは、あなたも記憶を……持っていたの?」
たまに見せるあの遠い目は……この頃の事を思い出していた?
力が抜けてしまった私はその場にヘナヘナと座り込む。
「まさか“ヒロイン”をあんなにも毛嫌いしていたのは──……」
(私の事があったから?)
エリック様が本当に記憶持ちなら、あの態度も分かる。それくらい様変わりした過去のヒロイン、リリーと今のヒロインは似ている。
「…………戻らなくちゃ」
私は顔を上げる。
だってエリック様と話をしなくては。
────殿下は……いつから、その、私の事をそんな風に見ていたのですか?
私のその質問にエリック様は“ずっと”と答えた。
私の事を知ってから“ずっと”だと。
あの時はどうして? と、意味が分からなかった。でも……
────キャサリンは気付いていなかっただろうけど、僕はずっと君に恋をしていて今でも長い長い片思い中なんだ。
「ねぇ……エリック様。あなたの長い長い片思いはいつからだった?」
知りたい。そして、私はきっとそれを知らなくちゃいけない。
(だから、お願いよ、こんな訳の分からない所から私をエリック様の元に戻らせて!!)
そう強く願ったと同時にずっと見えていた場面が消えて辺りは眩い光に包まれた。
「きゃっ! 眩し……」
私は目を開けていられずに目を閉じた。
────────…………
「…………ン」
「………キャサリン」
(あぁ、エリック様の声がする)
この声は間違いない。一生懸命私の名前を呼んでくれている。
手が温かいのは握られているから……かしら?
(この声に答えなくちゃ……)
「……」
私はそっと目を開ける。
すると、真っ先に今にも泣き出しそうなエリック様の顔が見えた。
(目が真っ赤……どれだけ泣いたの?)
「───キャサリン!?」
「……」
「気が付いた? 大丈夫? キャサリン……すまない、僕が君から離れたから……」
「……」
あぁ、大変! またしても泣きそうな顔になっている……
そんな顔をさせたかったわけじゃないのに。
(あなたは悪くない。私が迂闊だっただけ)
「大丈夫……です」
「キャサリン……!」
エリック様が手をしっかり握ってくれている。とても温かい。
「私、ちゃんと戻って来れたみたいですね」
「…………どこから?」
「……過去から」
「過去?」
エリック様が不思議そうに首を傾げた。
そんな彼の様子を見て私はそっと微笑みながら口を開いた。
「────ただいま戻ったわ…………リッキー」
「!!」
“リッキー”と呼ばれたエリック様はビクッと身体を大きく震わせた後、驚きと混乱で目を大きく見開いた様子で私の顔を見た。




