17. 発生したイベント
────それは偶然だったのか仕組まれた事だったのか。
(多分……全部、仕組まれていたんだわ)
その先に待ち受けるであろう自分への衝撃を想像しながら私はそんな事を考えていた。
その日の放課後、帰宅しようとしていたらたまたまエリック様は先生に呼ばれてしまい私の元を離れる事になった。
そのたった数分の事。
「何だろう? ちょっと行ってくる」
「ここで待っていますね」
「分かった」
エリック様とはそんな会話をした。
先に馬車寄せまで行って待っていようかとも思ったけれど、一人でウロウロするのは得策では無いと思ったから。
放課後とはいっても人はまだまだ残っているので、その場で待つ事にした。
(最近は、嫌がらせ犯も飽きてきたのか策が尽きたのか静かになったわね)
孤立状態は続いているけれど、エリック様がいてくれるから寂しいと思う暇もない。
───キャサリンへの嫌がらせは許せないけど、こうして堂々といつも側にいられる理由にはなるんだから複雑だ……
なんて嘆いていたけれど。
(そんな理由付けしなくてもあなたは側にいるじゃないの)
そう言いたいけれど、エリック様なりにいつも私にベッタリな事を気にしてるのかも。
なんて思ったら何だか可笑しくなってしまった。
「ふふ……」
と、思わず一人笑いをした時だった。
「────随分、楽しそうですねぇ~」
「!」
「取り巻きのお友達もクラスメートにもそっぽ向かれているのに……元気そうで残念ですぅ」
(───ヒロイン!)
「……」
「こんにちは、キャサリン様」
ヒロインはにっこり笑顔で私の方へと一歩、また一歩と近付いてくる。
その得体の知れない笑顔が不気味すぎてヒロインが近付いた分だけ私も後退する。
「ねぇ、キャサリン様。どうして仕事をしてくれないのですかぁ?」
「……仕事? 何の事ですか?」
ヒロインが何を言いたいのかは分かっているけれど、私も転生者だと気付かれてしまうのは厄介しかないので素知らぬ振りをする。
「そうですよぉ……だって私の事、邪魔でしょう? 憎いでしょう?」
「……」
「早く“悪役”になってくれませんか? 貴女のせいでバグが起きまくって話が進まなくて困っているんですぅ」
(これは、エリック様の攻略が上手くいっていないと言う意味ね)
「キャサリン様、知ってますかぁ? “イベント”にはヒロインが悪役令嬢のせいで命の危険にさらされる事もあるんですよ!」
「……!」
(あ……)
その言葉で、ようやく自分が廊下からじりじりと階段側まで追い詰められていた事に気付いた。
ヒロインはこのまま階段から落ちる気なのかもしれない。
そして、その罪を私に被せるのだ。
……そうだった!
前回の悪役令嬢人生では、悪役令嬢の取り巻き令嬢達によってヒロインは階段から突き落とされその罪を私が被らされた冤罪もあったのに……私ったら何で忘れていたの!
(しかも現場にいる分、今回の方が分が悪いわ!)
前回は現場にいなくても、結局最後は首謀者として罰せられた。
けれど、今回は現場にいるから、確実に私が実行犯にされてしまう。
どうにか切り抜けなくては。
「……リリーナさん。よく見て? 廊下に人が結構歩いているわよ。だからこれから、あなたが何をしようとも私があなたに何もしていない事を証明してくれる人はいると思うわ?」
「ふふ、キャサリン様ったら! うふふ、そんなの分かっていますよ~でも、私にはコレがあるので」
「……?」
そう言ってヒロインが制服のポケットからチラつかせて見せたのは何かの液体が入った小瓶だった。
(……まさか、あれが魅了の薬?)
つい、その小瓶に気を取られてしまったのがいけなかった。
「キャサリン様!」
「!」
ヒロインが動いたと思った時、彼女は何故か私の目の前にいて……
(え?)
トンッと私の肩が押される。
(どうして私が?)
そう思った時には既に私の身体は空中に投げ出されていた。
「……っ!!」
(落ちていく……)
階段から落ちていく私にヒロインは笑顔で言った。
「ごめんなさいねぇ、キャサリン様……でも仕事しない悪役令嬢が悪いのよ。それに色々考えたけど、やっぱり私、痛い思いをするのは嫌だなぁと思って」
にこにこした笑いが、黒い微笑みに変わる瞬間を見た。
「だから、代わりに落ちて貰う事にしたの。あぁ、証言の事なら心配いらないわ? 魅了しちゃえばいいんだもの。“私を突き落とそうとしたキャサリン様が勝手に落ちたんですぅ”って言う私の証言を肯定してくれるわ! うふふ、バカみたいよねぇ。昔からこうしておけば痛い思いしなくても良かったのにねぇ~」
(……昔?)
気になる言葉があったけれど、今はそれどころじゃない。
(不思議、落ちていく瞬間ってこんなにもスローモーションのようになるものなのね……)
「────キャサリン!」
意識を失う直前に聞こえた声は……エリック様の声のような気がした。
(エリック様……?)
──────……
「…………んっ……何ここ」
目が覚めると、何故か自分は白いモヤモヤの中にいた。
「? 私、ヒロインに階段から突き落とされたはずでは? でも身体、痛くない……」
慌てて自分の身体を確認する。
痛みもなければ怪我をしている様子もない。
「長い長い悪役令嬢人生の中で、“階段落ちイベント”については研究を重ねて来たから、とっさに受身は取ったけれどさすがに無傷は有り得ないわよね……?」
階段落ちイベントは定番なので、やさぐれる前は加害者側で何度か経験した。
いかにヒロインへの負担と怪我を少なくするかを調べまくった時があり、ついでに受け身の方法なども頭に叩き込んでいたけれど……
「このモヤモヤ空間はそれどころじゃない気がするわね」
───まさか、受け身に失敗して……
と、最悪の展開を想像してしまった時だった。
『ケイティ様、今日もジョゼフ殿下に差し入れをなさるのですか?』
『ええ! 勿論よ! だって、何故か殿下にはさっぱりわたくしの気持ちが伝わってないみたいなんですもの!』
(───あれは、ケイティ?)
既視感のある声が聞こえて顔を上げると、見覚えのある姿の令嬢がお菓子を抱えている姿が見えた。
『…………ケイティ様は本当に殿下の事をお好きなんですね……』
『そうよ!』
『……では、何故、殿下本人にも周囲にもその気持ちがきちんと伝わらないのでしょうか』
お菓子を抱えたケイティは、その言葉に『そうなのよ!』と叫ぶ。
『確かにわたくし達は政略結婚の為の婚約ではあるけれど、勝手に殿下に愛情を抱いてないなんて決めつけないで欲しいわ!』
『ケイティ様……』
これは、まだヒロイン・リリーが現れる前……悪役令嬢になる前のケイティだわ。
(婚約者のジョゼフ殿下の事が好きなのに何故か本人にも周囲にも誤解されている事を憤慨しているのね……)
ケイティは転生人生の一番古い記憶だけれど、記憶を取り戻したのが断罪の時だったので、実は私がケイティとして過ごした時間はそう長くはない。
これから、彼女が悪どい事をしていくと思うと胸が痛い。
『殿下に喜んでもらえるといいですね』
『絶対に喜んで貰うわ! だって、あなたも手伝ってくれたんですもの、ね? リッキー』
ケイティはそう言って隣の人物に微笑んだ。
(……リッキー? 隣にいるのは……あぁ、ケイティの従者だった彼……)
ケイティはリッキーを信頼していてよく連れ歩いたし、色んな手伝いをさせていたっけ。
(懐かしいわね。断罪された後はずっと王宮の牢にいたから家族やリッキーにも会えていなかったから今となっては顔はうろ覚えだけど──……)
そう思ってケイティの隣にいるかつての従者、リッキーの顔を改めて私は見る。
……そして息を呑んだ。
「────っ!?」
(…………どうして?)
『全く、ケイティ様は人をこき使い過ぎなんですよ……』
『失礼な事を言う従者ね!』
そう口では文句を言いながらも満更では無いという表情をしている彼……リッキーの顔は……
(エ…………エリック様!)
私のよく知っている彼、エリック様にとてもよく似ていた。




