13. バグった世界と強制力
お昼休みになり、私達は食堂に来ていた。
(───バグ)
ヒロインにそう言われた言葉が私の頭の中から離れてくれない。
授業中もずっと上の空で、後でノートを見たら真っ白、もしくは解読不能な文字がたくさん書かれていた。
(バグ───確かにそれなら、これまでの全部の説明はつく)
本来、殿下とヒロインとの間に起きるはずだった出会いイベントや恋愛イベントが起きなかった理由も、何故か悪役令嬢の事を好きらしい殿下の気持ちも───
(ズキッ)
胸が痛んだ。
違う! 起こらなかったイベントはバグだったとしても、人を想う“気持ち”までもバグだった……なんて言いたくない。
「キャサリン」
だって、こんなにも優しく私の名前を呼んでくれる殿下の全てをそんな風には思いたくない。
「───キャサリン?」
そう、この甘い声の響きは……
(ん?)
そこで、ようやく名前を呼ばれていた事に気が付いた。
「す、すみません! で、殿下? えっと、どうしました?」
「どうしたの? は僕のセリフだよ。ずっと名前を呼んでいたのに。食事の手も全然進んでいないし、ぼんやりしてる。大丈夫?」
「そ、それは……」
殿下がすごく私を心配してくれている。
また、私が全然食べていないから余計に心配させてしまったみたいだわ。
「もしかして、あの女のせい?」
「……!」
すっと表情が冷たくなった殿下のせいで一気に周囲の気温が下がった気がする。
(まさか……そ、そんなにもヒロインの事が嫌いなの!?)
殿下のヒロインに対する発言や雰囲気は、かつての婚約者王子達が悪役令嬢の私へと向けていた目や言葉にとても似ている。
───つまり、これもバグ?
ヒロインと悪役令嬢の立場が入れ替わってしまったとか?
(まさかね。だって、それにしては殿下のヒロインへの敵視度が高すぎるわ)
出会ってそんなに経っていないのに、まるで昔から毛嫌いしていた悪役令嬢と婚約者王子のように見えるんだもの。
「殿下は、彼女を可愛らしい方だとは思わないのですか?」
「え? あれを?」
殿下が心底嫌そうな顔になった。
まさかのあれ扱い。
「……昨夜も今朝もキャサリンにあんな事をしておいて、あれが可愛い? 有り得ない」
「……」
「それでも彼女の周りに集まる令息が多数いるのだから、客観的には可愛らしい部類に入るのかな?」
「……」
「僕にはさっぱり分からないし、分かりたくもないけれど」
(辛辣すぎる……!)
さすが、ヒロインパワーと言うべきなのか、ヒロインの周りにはよく見目麗しい令息達が集まっている。
取り巻き令嬢の一人が言っていた、ヒロインに夢中な男性達がいる、というのは本当の事だったようで、今も同じこの食堂内でヒロインは令息達に囲まれていた。
(まさにヒロインの王道を突き進んでいるわ)
ヒロインは見目麗しい令息達を常に侍らかしているので、令嬢達からは大きな反感を買っている。
そのせいでヒロインに対して嫌がらせや虐めがいつ始まってもおかしくない状態。
(きっと、悪役令嬢の私が率先して嫌がらせを始めるのがこの世界のシナリオなのだとは思うけど)
絶対に関わるもんですか!
私は絶対にヒロインの思い通りになんか動いてなんかやらない。
「……キャサリンの方が何百倍も可愛いのに、あの男共はどこに目をつけているんだろうね」
「!! で、殿下? 何を言って……」
殿下は大真面目な顔でとんでもない言葉を口にする。
「でも、他の男がキャサリンの可愛さを知る必要なんて無いからいいのかな……」
「……っ」
「キャサリンの可愛さは僕だけが知っていればいいと思うんだよね」
「……」
(む、無理……ほ、頬が熱い)
殿下は私への気持ちをすっかり隠すのを止めたようで、ますます私を翻弄するようになっていた。
「……殿下は……いつから、その、私の事をそんな風に見ていたのですか?」
(あの少し前まで冷たかったあなたは何だったの!?)
「え? ずっとだよ?」
殿下はきょとんとした顔で、ナイフとフォークをお皿に戻すとあっさりそう答えた。
「ずっと?」
「“キャサリン”の事を知ってからずっとだね」
「……知ってから?」
(それは婚約者になる前から……? さすがにそれは……どうして?)
「キャサリンは気付いていなかっただろうけど、僕はずっと君に恋をしていて今でも長い長い片思い中なんだ」
「……あっ」
すごいセリフを口にしたと思ったら、テーブルの上に置いていた私の手の上に殿下が自分の手を重ねてくる。
そんな事されると胸がドキドキしてしまう。
「で、でも、あなたは最近まで私に冷たかったじゃないですか」
「!」
私のその言葉に殿下が少し困った様子を見せる。
「……キャサリン」
「はい」
「君は、信じてくれるだろうか」
……ギュッ
(!!)
テーブルの上で重ねられていた手を強く握られ、ますますドキドキが強まってしまいもう爆発しそうだった。
「……先日……あぁ、キャサリンが高熱で倒れた時まで……かな。僕の身体は自由がきかなかったんだ」
「は、い?」
「キャサリンに対してだけ、何故か気持ちとは真逆の態度になってしまう……そんな状態だったんだよ」
(…………え?)
「大事にしたい、愛を囁きたい……そう思っても全部裏目に出ようとするんだ」
「!?」
(何それ? どういうこと……?)
「何か変だな、と思って、キャサリンに余計な事を喋ったりする前に気付けたから大事にはならなかったけれど……そのせいで、キャサリンとあまり話す事が出来なくなった」
「どちらかと言うと、無口だったのは……」
「キャサリンを傷付けない為だね。あの頃の僕なら確実に君が傷つくような言葉を口にしていたと思う」
(ちょっと待って……)
「ダンスをした時のため息は……下手だったから呆れていたのでは?」
「何でだ! せっかく愛しのキャサリンと踊れてるのに会話すら出来ない自分にガッカリしていたんだよ。下手だなんて思ってない。一生懸命なキャサリンは可愛かった!」
「!!」
殿下の顔はとても辛そうで嘘をついているようには見えなかった。
(それって、まさか強制力?)
きっと、この世界は悪役令嬢と婚約者の王子が結び付くことを良しとはしていないんだわ……
その事に気付いてしまいゾッとした。
(なら、今のこの状態は何? ……これもバグのせい?)
……もしもこの先、バグが修正されてしまったら?
この優しい手はヒロインのものになってしまう?
「……」
「キャサリン?」
「……」
私の心は一気に不安になってしまった。




