12. 愛の告白
「キャサリン、おはよう!」
(うっ……ま、眩しい……!!)
「お、おはようございます……」
翌朝、いつものように私のお迎えにやって来たエリック殿下は、とてもキラキラした眩しい笑顔で登場した。
一方の私は、昨夜のやり逃げ……ではなく、突然抱きついてそのまま逃げるという痴女のような行動をしてしまったので大変気まずい。
その気まずさゆえ、真っ直ぐ殿下の事が見れず目を逸らしてしまう。
「……キャサリン」
「?」
殿下の手が私の眉間に触れる。
「眉間にしわが……駄目だよ。ほらほら、笑って? キャサリン」
「!」
「僕は笑顔のキャサリンが見たいな。昨日みたいに笑ってよ」
「殿下……」
その言葉に何故か頬と胸が熱くなる。
「キャサリンが意識してくれるのは嬉しいけど、やっぱり可愛い笑顔の方が見たいからね」
「可愛っ……!」
(あぁ……また、胸がドキドキ……する!)
「それに、キャサリンが教えてくれたんだよ? 笑顔の魔法」
「笑顔の……魔法?」
「そうだよ、だから笑って、ね?」
───笑顔の魔法。
それは、私の信条で……どの人生でも度々口にするけれど、キャサリンではあまり口にした覚えは無い。
(ケイティの頃が一番言っていたわ。むしろ、言いまくっていたような)
───って、今はそんな事よりこの胸のドキドキの方が問題。
……おかしい。
私の心も殿下の発言や行動も……おかしな事が多すぎる。
「……あ、あ、あの……殿下」
「ん? どうかした?」
朝の挨拶から殿下に翻弄されていた私は、更に馬車の中でも翻弄されていた。
「今までは向かい合わせで座られていたのに……どうして、その、今日は私の横に?」
「……向かい合ってキャサリンの顔を見てるのも良かったんだけど、もっと密着していたくなったから、かな?」
「密着……」
「それに……これくらいしないと、キャサリンには僕の気持ちが伝わらないし、意識もしてもらえないかもと思ってね」
「え?」
そう言って殿下は私の肩に腕を回して、自分の方へと引き寄せる。
(……エリック殿下の……気持ち?)
よく意味が分からず、顔を上げて殿下の顔を見ると、彼は少し照れくさそうな様子で言った。
「僕は君の事が好きなんだよ、キャサリン」
「……」
───す、き?
その言葉を理解するのに数分かかった。殿下が放心した状態の私の顔を覗き込む。
「キャサリン? 起きてる? 大丈夫?」
「……」
「反応無し。うーん、なら、起きないと、チュー……」
──チュー!?
その言葉に覚醒した私は慌てて口を開く。
「お、起きてます! ばっちり起きてますわ!! 見て下さい、ほら、私!」
「……ちぇっ」
殿下が残念そうに呟いた。
こ、これはまさか……!
私はムッとして訊ねる。
「殿下は私の事をからかっているんですか?」
「まさか!」
「な、なら、何故……急に、私の事をす、す、好きなどと!」
(王子の好きな人が悪役令嬢? そんな展開知らないわ!)
私のその質問に殿下はニコッと笑った。
「だって昨日、可愛いキャサリンの方から僕に抱きつい……」
「あ、あれはー……! ほじくり返さないで下さい!」
「ははは、照れ屋なキャサリンが頑張ってくれたから、僕の方も素直な気持ちをと思ってね」
そう言って殿下はギュッと私を抱きしめた。そして、私の耳元で小さく囁く。
「それに、きっと…………から。キャサリンに誤解されたくない」
(────?)
今のはどういう意味?
私はじっと殿下の事を見つめたけれど、殿下は照れくさそうに笑いながらも念を押してきた。
「僕は君が好きだよ、キャサリン。それだけは誤解しないで欲しい」
「あ……」
殿下はそう言ってもう一度、私を抱きしめる。
────”きっと始まる”って何が? 誤解って?
そして、どうして殿下は“悪役令嬢”に愛の告白をしているの?
(相手が違うわ……)
違うと思うのに……嬉しいと思ってしまうこの気持ちは…………何?
私の心は揺らいでいた。
────
(すごい見られてる……)
学園に着くと視線がいつもより凄かった。
そんな視線を向けられても平気そうな顔をしたまま平然と隣を歩く殿下に私は訊ねる。
「どうしてこんなに見られているのでしょう?」
「昨日のパーティーで僕らの仲睦まじい様子が広まったからじゃないかな?」
「……なか!」
「それと、多分僕がキャサリンにベタ惚れなのだと知れ渡ったから?」
「ベ!!」
(ベタ惚れ……ですって!?)
「……キャサリン?」
「……」
恥ずかしくてそれ以上は殿下の顔が見られなかった。
(……あっ!)
教室が近付くと、そこにヒロインことリリーナの姿が見えた。
教室の前で佇んでいた彼女と目が合う。
目が合った彼女は私と殿下に向かって慌てたように頭を下げた。
(待ち伏せされていた?)
「殿下、キャサリン様、おはようございます!」
「……」
「さ、昨夜は、私のせいで不快な思いをさせてしまい大変申し訳ございませんでしたぁ! えっと、また、私の勘違いでキャサリン様には更なる不快な思いを──で、でも、決して悪意があったわけではなくてぇ……えっと、私も動揺してぇ……」
ヒロインの声はとても大きくて、周囲も何だ何だ? という顔でこちらを見てくる。
「えっと、と、とにかく、すみませんでしたぁ、わ、私は……」
そう言ってヒロインは目に涙を浮かべ始める。
これではまるで、昨夜の二の舞……
(こんな大勢の見ている所で謝罪なんてされたら、私が許さないといけなくなるじゃないの)
ヒロインはそれを計算して教室の前で待ち伏せして今、こうして涙を浮かべて謝っている──?
全ての行動にモヤモヤした。
(この場で許す……と言うしかないの?)
そう思った時だった。
「……キャサリンを困らせないでくれないか?」
「え?」
(殿下?)
エリック殿下が私の腰に腕を回して抱き寄せながらヒロインに向かって冷たい声をかける。
「───謝罪は今、こんな所で簡単に済ませるのではなく、後日ちゃんと然るべき所と形でするべきなんじゃないかな?」
「え、えっと……」
殿下からの反論は想定外だったのか、ヒロインは明らかに動揺し始めた。
「で、殿下! 違うんです! 私は……」
「悪いけれど、今は君と会話をする気は一切ない」
「え……」
ヒロインの顔が真っ赤になった。
何だか今にも怒鳴り出したいけれど必死に耐えている……そんな様子に見えた。
「……くっ……申し訳ございませんでした、失礼致します」
悔しそうな様子で自分の教室に戻る事にしたらしいヒロインは、私とのすれ違い様にすごく小さな声でこう言った。
「───これは、バグよ。あんたなんかが殿下に愛されるなんて間違ってるわ、悪役令嬢」
────と。




