10. 思惑が外れたヒロイン
「また失敗なの? 何これ……嘘でしょ」
(───え?)
凄く小さな声だったけれど、唖然とした様子のヒロインは確かにそう口にした。
(今の言葉ってまさか……ヒロインはこの世界の事を知っている……?)
───どうして今までその可能性に思い至らなかったのかしら?
私と同じように全ての繰り返しでは無かったとしても、ヒロインだって何らかの記憶を持っている可能性は充分考えられたのに。
(私が気付かなかっただけで本当はヒロインも記憶持ちだったりしたのかな)
歴代ヒロインの様子を思い返すも、あまり不自然さはそこまでは感じない。
強いて言うなら、以前の飲み物を被っていた冤罪事件は少し怪しいかもしれないけれど……
ただ、それが巧妙な演技だったと言われてしまえば私には分からない。
(だとしたら、今回のヒロインはいつもと違って穴だらけ……?)
「────キャサリン」
「……」
考え事をしていた私に向かって呼びかけた殿下は、自分の着ていた上着を脱いで私の身体にそれを着せる。
「え?」
私が戸惑っていたら、殿下は私が安心出来るようにと優しく微笑みながら言った。
「こんな状態で濡れたままでは、風邪を引いてしまう。着替えを用意させるからここを離れよう?」
「…………殿下の上着が!」
今の私に上着なんて被せたら、染みてしまうのに!
そう思った私は慌てて脱ごうとするけれど、殿下の手に止められた。
「いいんだよ」
「どうして……」
「キャサリンの身体が冷えて、風邪を引かれてしまう方が嫌だ」
「……っ」
(そんな言い方……やっぱりずるい)
───どうして、そんなに優しくするの?
こんなの初めてで本当にどうしたらいいのか分からない。
「……うーん、あぁ! そうだ。それならキャサリン」
「?」
殿下がニコッと笑った。
「これもお揃いになったね」
「…………え?」
言われた意味がすぐに分からなくて私はポカンとした表情で殿下を見る。
すると殿下は優しく私の頭を撫でながら言った。
「元々、ペアだったデザインに同じような染みが出来て更にお揃いになった……と、考えるのはどう?」
「さ、更に……お揃い?」
「そう! 唯一無二だよ、どうかな?」
(……なに、それ)
「どうかな……って……」
自分の声が震えている。
「え? お揃い、嫌だった? キャサリンにとってこのドレスが悲しい記憶だけにならないようにって思ったんだけど」
名案だと思ったんだけどなぁ……なんて言いながら困った様に頭を搔く殿下が可笑しくて、そして、何だか可愛く見えてしまって私は気が付いたら笑っていた。
「……ふふ」
「キャサリン?」
「ふふ、もう! ふふ……」
殿下は私が笑い出すとは思っていなかったようで、ちょっと困ったのかオロオロしている。
そんな姿もますます可愛く見えてしまい、私はますます笑いが止まらない。
「えー……キャサリン……何で?」
「……ふふ」
「キャサリンが笑顔になったのはいいけど、何かが違う気がする……」
「……ふふっ」
じんわりと胸の奥が温かい。そしてキュンとした。
(……こんな気持ち初めてよ)
「…………もう、行くよ! キャサリン」
「え、あっ……きゃっ!?」
そう言って殿下は私を抱き上げて横抱きにする。
まさか、抱き上げられるとは思っていなくて私は思いっきり動揺した。
「こら、キャサリン! 暴れないで」
「だ、だって……! 重っ」
重いでしょう? と言いたかったのに殿下の言葉に遮られた。
「もしかしてキャサリンは、僕が力の無いよわよわ王子だとでも思ってるのかな? そんな事はないからね?」
「えぇ……?」
「いつか、キャサリンをこうして抱えあげる事を想定して僕はずっとずっと身体を鍛えてきたからね!」
「ずっと!?」
(ちょっと待って!? 絶対それ違うわよね!?)
「そういうわけで……キャサリンの一人や二人、運ぶなんて僕にとっては苦でもなんでもないよ。だから、大人しく僕に抱かれてて?」
「!?」
(…………言い方!)
そんなとんでもない発言をした殿下は何でもない顔をしてそのままスタスタと歩き出す。
(やだ、私、絶対に今、顔が赤いわ……)
恥ずかしくて殿下の顔が見られなくなった。
「……っ! あ! 待っ」
そんな歩き出した私達に向かってヒロインが「待って」と、声をかけようとした。
けれどその顔色は青白く、明らかに動揺しているのが見て取れる。
「……」
私を抱き抱えたままの殿下は、一旦足を止めてから、はぁ……とため息を吐くと振り返りながら冷たい声でヒロインに言い放った。
「僕は君がどこの誰かも知らないが、君が“可哀想な私”を演じるのは別に構わない。だが僕の大事なキャサリンを巻き込むのはやめろ」
「……!? 大事な……?」
その言葉にヒロインがギョッとする。
そして、私も内心で驚く。
(君がどこの誰かも知らない……って)
出会いイベントを失敗したらしい二人は確かに知り合いではないので、殿下の言う通りで何も間違ってはいないのだけど……
(初めて会話しているのに、恋に落ちる要素が全く感じられないわ)
「…………今は君に構っている暇は無い。だが、僕は君を許そうとは思わない」
「そんな……!! 私は本当に……」
「……」
「ひっ!」
再び殿下に睨まれてヒロインの顔色がますます悪くなった。
“どうして”“こんなの知らない”“おかしい”
ヒロインの顔は明らかにそう言っていた。
(その気持ちはとてもよく分かるけれど……同情は出来ない)
たとえ、殿下と更にお揃いになれたのだとしても、やっぱりドレスの事は許せない。
「さ、行くよ。キャサリン」
「あ……そん……な……」
殿下はそれだけ言って再び私を抱き抱えたまま歩き出し、その後は一度もヒロインの方に振り返る事はしなかった。
「もしかして、言いがかりだったのかしら?」
「だとしたら、キャサリン様、お可哀想……」
「わざとじゃない……本当かな?」
また、さっきまで冷ややかな目で私の事をを見ていた人達が、今度は同じような目で、ポツンと残されたヒロインの事を見始めていた。
(すごい……殿下は一瞬で会場の空気を変えてしまったわ)
ただ真っ直ぐひたすら自分の婚約者の事を信じる王子の姿や、バルコニーでひっそりと踊っていた美しい姿の印象により、この日から誰もが二人を“相思相愛のお似合いの婚約者”だと口にするようになっていく。
「────ざけないでよ、ざまぁされるのは、あんたでしょ……悪役令嬢っ……」
……ピンク色の頭をした彼女を除いて。




