妹との別れ
新右衛門は女王が教えてくれた、そこを通れば元の世界に帰れるという洞窟に向かった。
「ここを通れば、元の世界に戻れるのか……」
新右衛門は後ろを振り返り、この世界で両親に会えたこと、卜伝に剣を習ったこと、そして椿と出会ってから別れるまでの出来事を思い出していた。
「兄様、兄様なのですよね?」
新右衛門が声のする方を向くと、スミレが新右衛門を見送るために、洞窟の入り口に立っていた。
「スミレか……」
「以前、母様に兄がいると聞いたことがあります。新右衛門様が兄様なのですよね?」
新右衛門は自分が兄であることを打ち明けたかったが、二度と会えなくなる妹にそれを打ち明けると、この世界への未練が強くなると思い、スミレの問いには敢えて答えなかった。
「スミレ、お前に受け取ってもらいたいものがある」
新右衛門はそういうとべっ甲でできた髪飾りを懐から取り出した。
「これは、昔、俺の父親が母親にあげたものらしいが、母親が俺と別れる際に俺に残したモノらしい」
「そんな大事なモノいただけません」
「いいのだ。俺はこんな髪飾りはしないし、もし、俺に妹でもいたら、そいつにあげたいと思っていたのだ。だから、スミレに持っていてもらいたい」
新右衛門は髪飾りをスミレの髪につけると、優しく頭を撫でた。
「母上様を大事にな! 達者に暮らせ!」
新右衛門はスミレに最後の別れを告げると、洞窟に向かって歩き出した。
スミレは新右衛門の後ろ姿が見えなくなるまで、涙を流して見送るのであった……。
新右衛門はしばらく洞窟の中を進むと、ようやく出口の光が見えて、その光の中を抜けると、1000日修行をしていた元の世界の洞窟の中で目覚めた。
「新右衛門殿、新右衛門殿! おお、生きていたか! 1000日目が過ぎていたのに出てこないから心配して迎えに来ました!」
新右衛門が1000日目になっても洞窟から出てこないことを心配した数人の兄弟弟子が洞窟の中まで様子を見に来たのであった。
「すまぬ。疲れて眠ってしまっていたらしい」
「それにしても、その異人が着ているような服を着ていられるのは何故ですか? あと、髪も自分で短くされたのですか?」
「ああ、これか。細かいことは気にするな! 着替えたらすぐに行く」
新右衛門は着物に着替えるが、首に赤い石のネックレスがかかっていることに気づいた。
(椿のくれた首飾りか……)
新右衛門は改めて、椿と過ごした日々が夢ではなかったことを実感するのであった。