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椿の花

 倒れた椿を見た新右衛門は椿の命の炎が消えかかっているのを察した。


「御主人、今すぐ、癒しの泉に向かおうと思う」

「ああ、そうするといい……」


 新右衛門は椿を背負うと、町の北側にあるという癒しの泉を目指して歩き出した。


 新右衛門には今の椿を癒しの泉に連れて行っても助からないであろうことはわかっていた。


 30分くらい歩いた頃、椿が目を覚まし、新右衛門に語りかける。


「私が人を食べなくなった理由を教えてあげる」

「……」

「私ね、新右衛門に嫌われたくなかったの。あなたと初めて会って助けてもらった時にこの人には嫌われたくないと思って、妖力のために人を食べることをやめたの……」


 新右衛門は返す言葉が見つからず、黙って聞くことしかできなかった。


「あと、これをあなたにあげるわ」


 椿は首にかけていた赤い石に黒い紐を通したネックレスを新右衛門の首にかけた。


「これは、大事なモノではないのか?」

「母がくれたモノなの。大事なモノだから新右衛門にもらって欲しい。あと、スミレちゃんが最期の一人になってよかった……」

「何を遺言みたいなことを言っている! 俺はまだお前の名前も知らないのだぞ!」

「『カミリア』……。ごめんね、ずっと教えなくて。鬼って結婚する男性にしか本当の名前を教えられないって掟があるの。バカみたいでしょ?」


 新右衛門は椿を背負いながら、背中で話す椿の息がだんだん弱くなっていくことを感じた。


「もう少しで癒しの泉に着く、もう少し我慢しろ、カミリア」

「ツバキでいいわ、だって私は新右衛門が付けてくれたツバキって名前の方が好きだもの」

「俺の世界では椿の花は春の訪れを知らせる花と言われていて椿が咲くと春が近いと感じる。お前に相応しい名前だと思う」

「そうなんだ……私も人間に生まれたかったな~。人間としてあなたに出会いたかったな……」


 その言葉以降、椿の息が背中に当たらないことに気づいたが、新右衛門は椿に語り続けた。


「椿、俺と一緒に人間の世界にくればよい。皆にバレないように俺がうまくやってやる」

「俺の世界は魚がうまくてな、お前にも食べさせてやりたい」

「なんで、なんでもっと早く、お前といろいろ話さなかったのだろう、俺はいつまでも駄目な奴だ……」


 新右衛門は少しずつ冷たくなっていく椿に気づきながらも、そのまま語りかけながら山道を登った。


 山道を登り、新右衛門が草をかき分け進むと、赤い花がいっぱい咲いているところにたどり着いた。


「この世界にも椿に似た花があったか、おい椿、見て見ろ! これが椿の花だ……」


 新右衛門は椿を赤い花の咲く場所に降ろすと、そのまま泣き崩れ、動かなくなった椿に頭を押しつけてしばらくその場で泣き続けるのであった……。

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