一之太刀(ひとつのたち)
3日間の修行を終えた新右衛門は4日目からは奥義伝授の修行に入った。
(あと7日で奥義を修得できるのか?)
新右衛門は不安になった。
塚原卜伝の奥義を伝授されたのは、今までに二人しかいない。
一人は剣豪将軍と言われた足利義輝、そしてもう一人は北畠具教。
「新右衛門、お前がちょうど1000日修行していたのと同様に私も若い頃、鹿島神宮に籠り1000日の修行をおこなった。奥義はその時に会得した技だ」
卜伝は木刀を構えると、新右衛門に打ってこいと誘ってくる。
新右衛門は何とか卜伝から一本取ろうと打ち込むが、新右衛門の木刀はスーッと卜伝の体を避けるように外れ、卜伝の木刀は新右衛門の額を捉え続ける。
「先生、この技は何という技なのですか?」
「『一之太刀』という。派手さはないが、無駄を一切取り除いた究極の一撃だ。お前の剣は当たらず、私の剣だけがお前の急所を捉える。不思議だろ?」
新右衛門は本当に不思議に思った。
鬼道丸が繰り出す無数の突きのような豪快さはないが、この『一之太刀』は絶対に破れない気がした。
それから何日も何日も稽古に励むが、何度やっても新右衛門は卜伝に一発も当てることができす、日にちだけが過ぎていった。
「新右衛門、私の剣が動いてから動くんだ。相討ちになっても構わないという意識で打ち込みなさい!」
「視線は相手の後方を見るようにして全体を視界に入れるように!」
「力を抜いて、自然と一体になった感覚で打ち込みなさい!」
卜伝は新右衛門に丁寧に何回も助言を行い、新右衛門も卜伝の言葉を素直に聞いて、ダメな部分は修正していく。
9日目の夕刻、夕日が落ちかける中で新右衛門は卜伝とこの日最後の稽古を行う。
「新右衛門、次が今日の最後の稽古だ。集中力を高めて打ち込んできなさい!」
新右衛門は深く深呼吸をすると急に頭の中に白いヤマユリが思い浮かんだ。
(ヤマユリか……。とても美しい……)
新右衛門はヤマユリを思い浮かべ、その優しい美しさを思いながら、剣をスーッと振り下ろした。
新右衛門が気づくと、新右衛門と卜伝の木刀はお互いに相手の額を捉え寸止めした状態で相討ちとなった。
「新右衛門、やったな! 奥義伝授だ!」
新右衛門は口では説明できないが、感覚として『一之太刀」がなんなんのかわかった気がした。
「卜伝先生、ありがとうございます!」
「ああ、これで『一之太刀』は伝授した。私が死ぬまであと1日あるな、お前に本当の最終奥義を授ける! 明日、この近くの湖に浮かぶ島で私と立ち会ってもらうぞ!』
(最終奥義だと……。奥義のまだ上に最終奥義があるのか……)
その日は奥義修得のお祝いに卜伝が料理を振舞い、二人は翌日、最終奥義伝授のため、湖に浮かぶ孤島に向かうこととなった。