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鳥の声で目が覚めた。
壁板の隙間から朝日が差し込んでいた。
狸を抱えて眠ったのは初めてだったが、肌触りに暖かさ、すべてにおいて最高に心地よかった。
モフみは正義……
もう少し堪能したくて、狸を抱え直そうとしたら。強烈な違和感があった。昨晩より大きくて、重たくなっているのだ。
一体何事だと、腕の中の狸を見た瞬間。ヒカルは飛び上がった。
腕の中で眠っていたのは、黒髪の青年だったのだ。しかも真っ裸で。
壁際に眠っていたことも忘れ、思い切り後ろに下がろうとしたら。背中は壁にぶつかって、その弾みで立てかけてあった農作業道具が二人めがけて落ちてきた。
このままでは、眠っている青年に作業道具が直撃してしまう。大けがでは済まされないかもしれない。
咄嗟に青年へ覆いかぶさるヒカルの上に、無慈悲な道具が落ちていった。
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目を覚ますと、ラグジュアリーな装飾の天井が見えた。バロック様式の装飾である。しかし描かれている絵は、どこか和風な雰囲気だった。
体を起こすと、天蓋付きのベッドに寝ていたと知った。内装は明るい雰囲気のロココ調でまとめられているが、やはり、装飾の絵が和風な気がした。
気になって、ベッドを下りた。すると、さらさらと軽い布が後から付いてくる。よく見れば、どことなく和風な趣のあるネグリジェを着ていた。袖からちらりと覗く腕には、包帯が巻かれていて、そういえば小屋で青年に覆いかぶさったことを思い出した。
そこで記憶は、途切れている。
どうなったのかなんて、わからない。
でも、この部屋はとても静かで、心地がいい。だから寂しくないし、怖くなかった。
ちぐはぐなようでいてまとまっている調度品を近くで見てみたくて。鏡台のスツールを覗き込む。するとどうだろう、座る部分の布に、波千鳥の美しい刺繍が施されていた。
そのまま、ヒカルは大きな窓に駆け寄る。
チェスの駒のような柱が並ぶ手すりのバルコニーがあって、その向こうにはアシメントリーな庭園が広がっていた。その真ん中には和風な池があり、周囲は白砂が整然と敷き詰められている。
どこもかしこも和洋折衷なのに、それらは見事に融合して、独特の美しさを作り上げていた。
「どこ……」
本当にここは北海道なのか、不安になった。
つぶやきが消えた頃、部屋のドアが優しくノックされ。ヒカルが返事をするより早く入室したのは、白い髪を団子にまとめ、小袖に、裾がダボついているもんぺのようなものを履いた、品のいい老婆だった。
ティーワゴンを押しながら、老婆は皺の深い顔をほころばせた。
「お目覚めになられましたか。ご気分はいかがですか」
「気分は悪くありません、大丈夫です」
「それはよかった」
「あの、ここはどこですか、あたし東京から来たんですけど、すぐに帰りたいんです」
ヒカルの訴えをよそに、老婆はティーワゴンに乗せられている、湯気の上がる鉄瓶、大きな湯飲み、茶筅、それから小ぶりな壺をテーブルにセットしていく。最後に、ヒカルが一番気になっていた、ケーキスタンドをテーブルの真ん中に置いて。
「じきに、わかりますよ」
ゆったり頭を下げて、部屋を出ていった。
途方に暮れるヒカルを部屋に残し、廊下に出た老婆は、壁にもたれている青年に、丁寧に頭を下げた。
「お見立て通り、異世界人でございます」
「そうか」
青年は、にやりと笑った。