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◆月曜日◆ 雨に濡れるだけがあなたの仕事ではないんだから

「で、お前は一体どんな手を使ったんだ?」

「だから、別にアタシは何もしてないわよ、サトウ」


 オープンキャンパスの日にも関わらず、蔵良は食堂に座っていた。今から夢と希望のキャンパスライフに胸を膨らませた高校生達がやってくるわけだが、お前のようなやつがここに居ていいのか。


「だって、あなただってちゃんとわかったんでしょう? あれが全部彼女だって」

 蔵良は、頬杖を付いたまま微笑んだ。全てお見通しの魔女の微笑み。おれは何も言っていないというのに。


「ピグマリオン効果って知ってる?」

「どこの任海堂(にんかいどう)の新作だ、それは」

「哀れなサトウ。あなたは本当に無学なのね」

 無学なんじゃない。経営学部ではそんなこと習わんのだよ。


 おれの心の声を完璧に無視し、その輝くような青い瞳に軽蔑の色を浮かべた後、蔵良は続けた。

「簡単に言うと、人は他人から期待された通りに振る舞うってことよ。あなたがいつからか『妹みたいにしか扱わない』って決めてたから、莉衣ちゃんもそんな風にしか行動出来なかったのよ。アタシはそれを、すこーし解き放ってあげただけ」


「そんなもんなのか」

 そんなもんで、あんな毎日別人のような顔が出来るものなのだろうか。

 蔵良の言うことは全部本当のようだし、全部嘘のようにも聞こえる。


「そんなもんよ。女はね、靴を履き替えると人格が変わるのよ」

 蔵良はしれっと肯定する。おれはもっと、それこそ蔵良が魔法でも掛けたのかと思っていたのだ。ちちんぷいぷい。アブラ・カタブラ。ビビディバビディブー。


「馬鹿ね、サトウ」

 今度はおれの心を見透かしたように、蔵良は、


「恋は自分の力で叶えないと意味がないのよ。誰かの後押しは、必要かもしれないけどね」


 片目をつぶって得意気におれに言った。






「隆兄、お待たせ」

 セーラー服のリボンを揺らして、莉衣が駆けてくる。ローファーで走って、どっかの誰かみたいに転ばないか心配になる。


 あの奇妙な六日間から二週間経った。

莉亜や莉朱だった間を莉衣は何も覚えていない。おれの一世一代の告白も全部おじゃんというわけだ。まったく、一回ぐらいなら、と思ってやったのに。


 ただ、その代わりと言うべきか、莉衣は長かった髪をばっさりと切った。肩口でさらりと揺れるショートボブ。そして「隆兄と同じ大学に行きたい」と言い出した。そんなことついぞ聞いたことなかったのに。あいつなりに何か思うところはあったのかもしれない。


 ついでにあの、水族館の帰りの出来事も、莉衣は覚えていなかった。

 なんて万全な魔女のアフターサービス。


「あれ……もしかして、本当にクロノス時風?」

「久しぶりね、莉衣ちゃん」

 莉衣はおれの向かいに座る蔵良を見ると、驚いたように言った。あの六日間のことも覚えていないのだ。そのきっかけとなった蔵良のことを覚えていなくても何の不思議もなかった。


 よく見れば、今日の蔵良はキャンパススタッフの名札を付けていた。そこに書いてある名前を読めば、莉衣の言う通り、『クロノス時風』。


「なんじゃそりゃ?」

「アタシの仕事用の名前よ」

「隆兄知らないの? 今女子高生の間ですっごい有名な占い師だよ!」

「お前、そんなに有名なのか」

 おれは女子高生ではないので存じ上げないが。そしてなんでさりげなくスタッフ名札を持っているんだ。


「まあね。今日は悩める子羊、高校生諸君の占い相談をするのが仕事よ」

「あ、あのっ」

 おれ達の様子を首振り人形みたいに見ていた莉衣が顔を赤くして言った。


「わたしも、占ってほしいことがあるんですけど……いいですか?」

 蔵良は、莉衣の顔を見て微笑むと、「大丈夫。あなたには占いは必要ないわ。きっと全て上手くいくわ」


 その言葉で、莉衣は花が咲いたようにぱっと顔を明るくさせた。

「あ、ありがとございます!」

「でも、そうね。また適当なことを言って逃げるような甲斐性なしなら、それはもう諦めた方がいいわね。人間のクズ、社会のゴミね。燃えないゴミの日に捨ててしまいなさい」

 ちらちらとおれの方を見てそう言うので、代わりにおれは何となく凹んだ。悪かったな、甲斐性なしで。


「んで、莉衣はどこを見学したいんだ?」

「うーん、とりあえずまず経済学部かな」

「了解」

 経済学部は経営学部の隣の棟だ。おれの庭と言ってもいい。迷子になどならずに見事案内してみせよう。


「でもさ、わたし、制服なんかできちゃってよかったのかな」

 確かに、周りには食堂には私服で来ている高校生も多く居た。おれは似合っているし、いいと思うのだけど。

 胸元のリボン右手で持って俯く莉衣に、蔵良はうっとりと言った。


「いいわね、セーラー服。恋が戦争ならセーラー服は最高の戦闘服だわ」

「そ、そうですか?」

「ええ、一番似合っているわ。自信を持って顔をあげるのよ、ハイドランジア。雨に濡れるだけがあなたの仕事ではないんだから」


 『ハイドランジア』というのが何のことなのか、おれには分からなかった。おそらく莉衣もそうだろう。でも、似合っているという言葉が励みになったのか莉衣ははにかんだ。


「じゃあ、行くか」

「うん」

 おれは莉衣の右手を取って、歩き始めた。頬を赤く染めた莉衣におれはしれっと、

「はぐれると困るからな」

 デートの基本は手を繋ぐことだと、おれも学習したのだ。


 そして、少し歩き始めたところで気が付いた。おれはそう、今のも含めて不本意ながらあいつに沢山礼を言わねばならないということを。


 でも、面と向かって「ありがとう」などとは口が裂けても言いたくない。そんなことをするぐらいなら、おれも日本男児の端くれとして潔く腹を切る。


 だから、一つだけあいつの望みを聞いてやることにした。念願を叶えてやるのだから、アフターサービスの分以外は、これで足りるだろう。


「またな、クララ」

 振り返ってそう言うと、蔵良は少し驚いた顔して、けれどやはりそれは一瞬のことで。元の妖しい微笑に戻った蔵良は満足げにひらひらと手を振った。


「いってらっしゃい、お二人さん」



 食堂の外に出ると、花壇に緑の葉を広げている植物を見つけた。枯れてしまったのだろう。もう花は咲いていない。けれど、その葉はとても生き生きとしているように見えた。


 土に埋まる白い小さな札に書いてあったその植物の名は、紫陽花――ハイドランジア。


 ああ、そうか、とやっと合点がいった。

 紫陽花は土の性質で色を変えるという。酸性ならピンクに、アルカリ性なら青に。もの見事に色を変えてみせるのだ。

 そしてその葉や根には毒がある。容易に手を伸ばすことを許してはくれない。『移り気』の花言葉。

 この夏おれが見たのはきっと。

 紫陽花の『七変化』だったのかもしれなかった。






「そういや、どうして髪切ったんだ?」

 内心おれは少し恐れていたのだ。こんなに短くするのは、多分小学生とかその頃以来だろう。どういった心境の変化かと。


 おれがそう尋ねると、莉衣はきゅっと手を握った。

「……好きな人にもう一回恋するため、かな」

 莉衣は左手で短くなった髪を一房つまんだ。夏の気だるい風が、莉衣の髪を揺らした。


「わたしじゃない、わたしになりたいって思ったことがあったの。そしたら、その人はわたしのことを好きになってくれるかなって。でも、それってなんか違うなって思って。わたしはわたしのまま、もう一回その人を好きになって想いを伝えてみたいって、そう思ったの」


 それは「わたしじゃないわたし」が散々おれを振りまわした結果なのだと、言ってやりたかった。

 莉乃が、莉緒が、莉恵が、莉紗が、莉朱が、莉亜が、おれに色んな顔を見せてくれた結果なのだと。


「そっか。うまくいくといいな」

 けれど、それを伝える代わりにおれはその小さな手を握り返す。


 莉衣は何も覚えてはいない。

 でも、時々莉乃のようにドジやってみたり、莉緒のように駆けだしてみたり、莉亜のようにわがままを言ったりする。

 いつか莉衣はきっとまたおれに想いを伝えてくれるだろう。その時ぐらいは、もう一回ぐらい、お約束とやらをやってみてもいいかもしれない。


「応援してね、隆兄」

 莉衣はそう言うと、おれの腕にぎゅっと抱きついた。


「おう、頑張れよ」

 おれもおれで、せいぜいゴミの日に捨てられない程度にもう少し、頑張ることとしよう。


 この短い髪ではもう、三つ編みもポニーテールも浴衣のまとめ髪もハーフアップもツインテールもお団子も出来ない。でもおれはそれをとても愛おしく思うのだ。


 だからいつも通り、ぽんぽんと、撫でておいた。




 色んな顔をする君を見ていたい。

 そして出来れば、これはおれのわがままなのかもしれないが。

 笑っていてくれると、とても嬉しい。

佐藤隆一の再試験 点数:77点 評価:良


これにて本編完結です。

なんとなく、タイトルが七人の立ち絵みたいに見えていたら成功かなと思っております。

お付き合いいただきありがとうございました。


21時にオマケもあります!!

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