慣れない事はすべきじゃない
シロさんとの同居生活が始まって一週間が経った。
「すぅ・・・すぅ・・・」
ぎゅっ
「眠れない・・・」
9月とは言えまだ気温は高い。そのため冷房をつけているのだが、俺の家はワンルームのため寝るところが限られている。基本的にはロフトで寝ているが、夏限定で下で寝ている。そうなると、二人で下に寝ていることになる。さらには今、俺はシロさんの抱き枕状態となっている。
「暑い」
「んぅぅぅ。みーちゃん・・・」
どうやら寝言のようだ。彼女の寝言で自分の名前が出るとなんかドキドキしてしまう。
「みーちゃん・・・。自分で回復して・・・」
「ヒーラーの発言じゃねぇな」
シロさんは寝てても通常運転だった。
「寝よう」
日付はすでに変わっており、今日も講義がある。
それも午前からだ。
「今日はヨーロッパ政治史か。出席取るから行かなきゃな」
それからいつの間にか眠りについていた。
ピピピピ・・・
「んぅぅぅ。朝か」
「すぅ・・・」
シロさんはまだ寝ているようだ。
「いやこのアラームで起きないってどうなってんの」
とりあえず俺はキッチンに向かい、朝ごはんの準備に取り掛かった。
今日の朝ごはんは、トーストにソーセージ、スクランブルエッグとなっている。
「よくみんな米とか準備とかできるよなぁ」
俺はそんな準備をしている暇があったら睡眠を選ぶような人間だ。昨晩の内に用意するのも面倒だと感じてしまうくらいのポンコツだからな。
「お湯沸かそう」
決まって朝は紅茶から始まる。朝からコーヒー飲むと腹が痛くなり、トイレに引きこもることになるからである。
まだシロさんが寝ているためテレビをつけることが出来ず、スマホでニュースを見ている。
「ふぁぁぁ~。みーちゃんおはよう」
「シロさんおはようございます」
「私たち付き合ってるんだから敬語やめない?」
「こればかりは癖なので」
俺は未だにシロさんの事を名前で呼んだことも無いし、タメ口で話したことも無かった。
「ヘタレ」
「ヘタレは話が変わって来ませんか?」
「ヘタレのみーちゃん」
「はいはい俺はヘタレですよ」
軽口を言い合いながら、朝食の準備を行った。
ご飯については、朝食は俺が作り、夕食はシロさんが作る決まりとなっていた。
お金は割り勘で、シロさんは貯金から出してくれている。
「今日は何時に帰って来るの?」
「講義は4限までだから17時前くらいですね。それでバイトが19時半からの1時間ですね」
「分かった。じゃあご飯は帰って来てからにする?」
「それでお願いします」
「うん。分かった」
「じゃあそろそろ行ってきますね」
「うん行ってらっしゃい」
最近はこういう生活が増えている。終いにはシロさんは・・・
「行ってきますキスをして欲しいんだけど唯」
マジで新婚夫婦かっていう事を頼んでくる。
しかも、こういう時に限って名前を呼ぶ。
たまには、やり返すとしよう。
「そうだね乃亜。目を閉じて」
「へ?」
ちゅっ
「じゃあ行ってきます!」
ガチャン!
心臓に悪い事をしたなぁ。
「めちゃくちゃ恥ずかしい・・・」
黒歴史の誕生であった。
その頃、白野乃亜は悶えていた。
「あああああ、みーちゃんからしてくれた!!」
バタバタ・・・
10分間ソファーに倒れこみ足をバタバタさせていた。
大学にて俺はピンチになっていた。
「今日、唯の家に行っていい?」
やばい、死ぬかも・・・。
「どうして?」
「いやぁ、ゲームを手伝って欲しくてね。唯の力が必要なんだ」
螢はバイトの先輩からゲームを借りているらしく、頑張って進めているようだがゲームがゲームだったのだ。
「ああ、あの死にゲーか。死んで覚えるというメンタルが持っていかれるゲームやな」
「そうなんだよ!だから手伝って欲しい!!」
「なるほどなぁ」
これはまずい。非常にまずい。
「なぁ螢、お前の家じゃダメか?」
ここは現場を見せないようにしなければ!
「俺の家、狭いだろ。唯の家の方が広いから良いじゃん」
そ、そう来たかー。
「ごめん、やっぱり今日は予定があるのを思い出したわ」
すまないが今はこうするしかない。
「バイト?」
「そうなんだよ、すまないな」
「何時に終わる?」
「20時半までだけど」
「じゃあ終わったら連絡してくれ。本当に頼む!!全く進まないんだ!お前だけが頼りなんだよみーちゃん!」
「お前にみーちゃんと呼ばれる筋合いはない!」
「じゃあ頼んだ!!」
「おい!」
言い逃げされた…。
「どうしよう」
それから残りの講義はどうするかをひたすら考え、行き着いた答えが…。
「えーっとですね、シロさん。今日、俺がバイト終わったら友人が来るんですよ。あの前にも会ってる螢ってやつです」
「あー居たね。それでその子が来るからどうしろと?」
「一時的にご実家に帰ることは…」
「無理だね」
「あっはい」
即答だった。
「え~っとですね。今日は俺はインもできないかなぁ」
「私がしておいてあげる」
「そうですか」
「お友達はここに呼んでいいわよ」
「ってことは・・・」
「私も一緒にする」
もうなんか予想できてた。ただ考えて欲しい。友達の家に遊びに行ったら、彼女と同居していたら普通だったらどう思うだろう。
答えはそう・・・気まずい。
答えが出ないまま、俺はバイトに向かった。
家庭教師のバイトって楽だけどキツイ仕事だと俺は思っている。
言ってる意味が分からないかもしれないが、実際そうなのだ。記憶を遡って教科書を使いながら俺自身が分かりやすくシンプルに教えるだけなのだから。ただ辛いのは保護者への報告だ。受験生の子どもが心配なのは分かるが信じてあげろと思っている今日この頃だ。
「はぁ・・・」
「どうかしたんですか?」
「ああいや、ちょっと個人的問題が面倒な方向に行っててな。どうしようか困ってるんだ」
「そうなんですね」
この子は俺の担当の生徒である、緋香里ちゃんだ。
「そうなんだよなぁ。あっそこの条文は入試とかに出やすいから、覚えておいた方が良いぞ」
「分かりました」
「どうしたものかなぁ・・・」
バイトも終え、帰り道にて俺は螢に連絡をした。
『今日、どうしても来るのか?』
ピコン
『マジで無理なら別に良いけど』
どうしたものかなぁ。螢には言ってもいいか。
『いや、彼女が家にいるんだ』
ピコン
『はいはい。それで何故遊べないんだ』
信じてもらえなかった。
「まぁそうだよなぁ」
ピコン
シロさんからだ。
『みーちゃん、私を紹介しても良いんだよ~』
全てを見透かしていたようだった。
『螢、じゃあ彼女紹介するから来ていいよ』
ピコン
『えっ!?マジなの!?』
不安しかない。
ガチャ
「ただいま」
「お帰り~。ご飯先に食べる?」
「そうですね。先にご飯を頂きます」
「うん分かった~」
シロさんは料理はちゃんとやる方だったようなのでとても助かっている。
俺は正直、自分以外に食べさせるのは気の引ける。
「そういえば友達来るの?」
「はい。来ちゃいます」
「なんかまだ渋ってるね」
「いやあ、気まずいでしょ。友達の家に遊びに行ったら彼女と同居してたなんて」
「そうかなぁ」
「それもワンルームで」
ワンルームじゃなければまだマシだったが、一人暮らしで2LDKとか必要が無いから借りなかったが、まさかこうなるとは思わなかった。
ピコン
「螢からだ」
「何て?」
『何時ごろ行っていい?』
「私はいつでもいいよ」
「じゃあ呼ぶか・・・」
「じゃあご飯さっさと食べてしまいなさい」
「分かったよ母さん」
「誰が母さんだ」
急いで食べたとは言え、彼女が作ってくれたご飯なので味わって食べた。
「ごちそうさまでした」
「はーい」
「片づけしておきますね」
「うん、ありがとう」
ピーンポーン
「来やがった」
「面白い事になりそうだね」
「誰のせいですか」
そう言いながらも俺は扉を開ける。
「よっ」
「来たな」
「うん、それでまさか」
「久しぶりだね。みーちゃんの彼女のシロです」
「マジだったんだ」
「だから言ったんだよ」
「お邪魔だったら帰った方がいい?」
「もう良いよ、今更」
「みーちゃん、早く入れてあげなさい」
「そう言ってるし」
「じゃあお邪魔します」
「おう」
そうして何故か友人を招くことになった。
「あっ今玄関に立って思い出した」
「何を思い出したんですか?」
シロさんが何かを思い出したようだ。
碌な事ではないだろうなぁ・・・。
「みーちゃんにキスされたこと」
「ぶっ!!」
「唯、お前スゲェな」
「流石の私でもびっくりしたよ。でも嬉しかった」
「何故、今言ったんですか」
「だから今思い出したからつい」
恐ろしい爆弾発言を投下してきた。
「なんかいつもは全くそんな事しないのに、今日はいつもより積極的だったの」
「慣れない事するんじゃなかった」