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さながら引き継ぎありの最高難度(ルナティック) 〜世界を救ったのに欲張って転生チートボーナス貰ったが嫌がらせか激ムズの世界線に送られた俺、後悔してももう遅いしラスボス仲間にする裏ルートで世界救う〜

作者: 肆月 二葉

 俺はこの度、世界の全てを手に入れた。


 扱えない武器はない。放てない魔法はない。作れない武具はないし、俺に勝てる存在は世界のどこにもいなくなった。


 数100年続いていた戦争も、俺の手にかかればちょちょいのちょいで解決できる。実際、この手でやってみせたとも。ただまあ、あの頃はまだ若くて、今ならもっと上手くできそうだけど。


 ……そうだな……思えば改善点はたくさんあった。妻に告白するのももっと早くてよかった。結局両思いだったわけだし。

 アイツと友達になるのも紆余曲折があったっけなあ。お互い素直じゃなかった頃だ。今の俺は大人だから、譲ってやらんこともない。


 最後に戦ったアイツだってそうだ。もしかしたら──



 ──止めよう。今更悔やんだってどうしようもない。近頃はどうも、頭の中を昔のことがぐるぐる回って止まらない。


 久しぶりに窓の外が見たくなったが、身体が重いからやめておく。前みたいに無理して何処か悪くしたら、また息子に怒鳴られる。


 燦々と輝いてた赤髪も、すっかり白髪になっちまった。恥ずかしくて鏡も見れやしない。


 最近目に映るのは、真っ白でつまらない天井ばかり。いつまでもこうしているから、昔のことを思い出してしまうのだろう。


 悔いのない人生だと思ってたんだがなあ。今でこそ英雄だの世界最強だのもてはやされているけれど、何でもできるようになったのは最後の方で。


 ──もし、もしもだ。今のまま、昔に戻れたら。


 妻ともっと長い時間を共に過ごせたのだろうか。先立たれて、もう何年になっただろう。近頃は、最近の記憶も曖昧になった。


 アイツと、もっとたくさんの夢を追いかけられたのだろうか。あの戦いで、俺を庇って死ぬこともなく。


 そうだったら、俺は。もしかしたら、アイツとも友達になれたのだろうか。殺す以外に、道があったのだろうか。


 ぐるぐる、ぐるぐる。視界が回る。くるくる、くるくる。記憶が巡る。頭の中は旅をする。後悔ばかり、巡礼の旅。


 声に出して息子を呼ぼうとしたが、やめる。多分もう、声なんて出やしない。


 身体に残っていた倦怠感が、いつぶりだろうか無くなった。今なら空も飛べそうだ。


 頭にかかっていた靄が、綺麗さっぱり消え去った。曖昧だったみんなの姿が、まるで目の前にあるみたいで。


「……ぁ」


 若い頃の姿で、妻が俺に手を伸ばす。それがあまりにも綺麗だったから、出ないはずの声が微かに残った。



「親父、具合はどうだ? 外、綺麗な花が咲いてたから摘んで……親父?」


 俺の人生は、悪いものではなかったんだがなあ。



    ◇



 俺は死んだ。生を全うして。できることは全部やったはずだ。それなのに、真っ暗に四方を囲まれた悪夢みたいな場所にいる。


 時間の感覚はわからないが、体感ではもう数年このまま。身動きも取れずにじっとしている。昔牢に三年繋がれていた経験がなければ発狂していただろう。


 だが悪いことばかりではない。ここに来て知ったが、俺の住んでいた世界とは、別の世界が存在するらしい。童話などで描かれるそれより、もっとリアリティのある世界だ。


 機械。ゲーム。漫画。知らないものばかり。まあわかるのは知識くらいでどんなものかはさっぱりなのだが。


「お待たせいたしました。フェイリーン様ですね。この度は、お疲れ様でございました」


 突然、自分の前に白いモザイクのような誰かが現れた。真っ暗な空間が、少し明るくなっていく。


「貴方様の功績を洗っているうちにこんなにも時間が過ぎてしまいまして。その分、ポイントには色をつけさせていただきますゆえ、何とぞご容赦を」


「いきなり来て何なんだよ。どういうことか説、め、い……あれ、声が」


 感覚で一年目の終わりに一度試したが、意味のなかった発声。今更になってそれができるようになった。もっと早くしてくれ。これでも寂しかったんだぞ。


「はい。これより説明させていただきます。まず、貴方様は先ほど、人生を全うされました。ゲームクリア、というわけでございます」


 あろうことかこいつは、俺の人生をゲームなんて宣いやがった。ふざけやがって。そんなに軽いものじゃなかった。知りもしない、何かもよくわからないお前なんかに、馬鹿にされる人生じゃなかったのに。


「見事なものでございます。戦争の終結。魔王を名乗る存在の打破。これらは一つであっても次の人生を華やかにする偉業。それが二つ! いやはや、わたくし、長いことここの担当をしておりますが、少々興奮してしまいました」


 なるほど、大体わかったぞ。俺は死んだ。曖昧だが、それは何となくわかってた。じゃあここは死後の世界、風景は地獄みたいだが、こいつの言い草だと。


「ここは天国か? もう少し華やかにした方がいいぜ? 花とか植えないか?」

「それはそれは魅力的な提案でございますね。しかし残念ながらここは天国とは異なります。貴方様が向かうのは、そこではございません」


 なんてことだ。あれだけ必死に生きてきたのに、俺は地獄に落ちるというのか。それはあんまりだろう。


「本来、天国か地獄でポイントを稼いでいただくのですが、貴方様には必要ございません。そのまま、輪廻していただけます」


「輪……ね……? 生まれ変わる、ってことか?」


「その通りです。それに100ポイント。残り400ポイント残っております。此度は、その使い道の相談に参りました」


 さっきから気になる言葉が出てきている。ポイント? ポイントってなんだ?


「貴方様が前世で成し遂げた実績。それに応じてポイント──得点が付与されるのです」


「悪趣味だな。人の人生勝手に採点しやがって」


「申し訳ございません。輪廻を公平に運営するにはこれしかなく」


 モザイクが頭を下げた、ように見えた。謝罪している相手を攻撃するほど俺は幼稚ではない。そう言い聞かせて、鬱憤を押し込む。


「……で? 俺のポイントで何が買えるわけ?」


「はい。こちらが一覧となっております。時間はそれこそ無限にございますので、どうぞごゆっくりご決断ください」


 ──まさしく、人生を左右する決断ですので。


 思わず背筋がぞくりとしてしまった。人生を左右されるなんて言われると、おいそれとは決められないじゃないか。


 ……でも、大筋は決めている。大変な人生だったから、今度ばかりはのんびり生きられるようにしてみたい。


 お、これはいい。「平和な世界」と交換……100ポイント、か。余裕じゃないか。それと……「健康一年分」が5ポイントね。子供時代はいいだろうし、三十年分ほど買っておくか。あとは……


「──おい。ちょっといいか」


「はい、なんでございましょう──何と、お目が高い」


 カタログの片隅。小さく記された文字を何となしに見てしまった。金額は300ポイント。輪廻の権利よりも遥かに高額なそれに、俺は目を奪われた。


「『能力の引き継ぎ』……って」


「読んで字の如く、でございます。前の人生で獲得した技能に知識。それらを全て来世にも引き継ぐ権利でございます」


 高額な理由がわかる。そんなもの、人生をずっと楽にするに決まってる!! 買えるならば、悩む余地なんてないじゃないか! 決めた。俺はこれと平和を買おう。健康なんて薬でも作ればどうにでもなる。平和な世界で延長戦。なんて甘美な響きだろうか。一生困ることなく、そうだな、花でも育てて暮らしていこう。


「これと、これだ。頼む」


「──本当に、よろしいのでございますか?」


「いい。さっき言ったよな? 色をつけるって。だったらこれ、足りない分をくれ。無理なら、考え直す」


「……いえ、構いませんとも。もう一度聞きますが、本当に宜しいのですね?」


「ああ──頼む、俺の気が変わらないうちに」


「かしこまりました。では、目をお閉じください。次、目を開けた時、貴方様はご希望通りの輪廻を果たしております。最後に──」


「……」


「──蝶の羽ばたきは、時として嵐を巻き起こす、などと言われております。何卒、お忘れなきように」


 俺は目を閉じ、じっと声を聞く。止まると同時に、ゆっくりと眠くなっていく。眠るように、目覚めるのだろう。目を閉じた先に広がっていたのは、あるはずの暗闇ではなく薄明かり。それに、俺は身を委ねた。



「──あれを選ぶ方だとは、思いもよりませんでした。後悔など、ないのだとばかり」


 霞んでいく意識は、取り残されたそれの言葉を拾っている。


「『能力の引き継ぎ』、それと」


 俺の選択は、果たして正しいものなのか。


「──『やり直し』。同じ人生を、歩むおつもりでは、ないですよね」


 試さずには、いられなかったんだ。


「蝶と称するにはあまりに苛烈。龍の羽ばたきは何を引き起こすのか。(わたくし)も、楽しみでございます」



    ◇



「う……ん……」


 それまでの記憶と連続して、新しい俺が目を覚ました。周りを見回すと、そこは昔の故郷。イベル村という俺の生まれた場所が、記憶と寸分違わず。


「どうしたのフェイ? また夜ふかし? そろそろおばさまにも怒られるわよ?」


「──あ」


 最初に目に映ったのは、裏若い少女の姿。長い金髪を三つ編みにしてまとめ、質素なワンピースを見にまとう彼女。色白で、碧い瞳が綺麗なお前。ずっと会いたかった、あの頃の。


「ルーン!!」

「〜〜!! ちょ、ちょっと! フェイ! 抱き、抱きつくなあ!」


 未来の俺の妻。幼馴染のルーンが、昔のままの姿でそこにいた。


 俺が選んだ「やり直し」の特典には、変わったルールがあった。それは覚醒地点の決定だ。


 変化させたい場所を選び、そこから新しい人生を歩むことができる。俺はもったいないと思いつつも、旅の始まりに狙いを定めた。十七になったすぐのこと。魔物が多くなり、地方からも戦うことのできる人間が召集され始めた頃。


 記憶では、そこに俺は間に合わなかった。あの頃はルーンの方がずっと強かったからだ。魔法を扱う彼女は、簡単な魔物なら一発でノックアウト。大人でも手を出せない相手を討伐してみせた。

 そんな彼女に追いつきたくて必死に修行したんだけど、召集のタイミングには少し足りなかった。俺は、彼女を一人でいかせてしまったんだ。


「何? 私がいなくなるの、そんなに寂しい?」


 これは召集の前日。ルーンに謝ろうと思って呼び出した時のことだろう。ああ、寂しいよ。これから五年も、お前に会えないのは、すごく寂しかった。


「うん。寂しい」

「──どうしたの? ちょっと変だよ、フェイ?」


 お前も寂しかったんだろうな。再開した時、真っ赤な目で泣きじゃくっていたのを覚えている。もう、一人にはしない。


「だから、俺も行くよ」

「……それは、だめ……フェイじゃまだ」


 方法はある。認めさせるんだ。近くに住んでいるオーク、その根城を一人で壊滅させる。大丈夫。今の俺ならなんてことない。朝飯前にも届かない。


「信じて。待ってて」

「──うん。わかった」


 タイムリミットは明日の正午。それまでに、いやでも認めさせてやる。



    ◇



 村の周囲に変化はなかった。木の柵で囲まれた小さな村。その周囲には平原が広がるばかり。西に小さな山があり、そこが今回の目的地になる。

 遠く北方には王都。若き王シュバルツが統治する国の領土に村はある。シュバルツ。その名も懐かしい。共に年を重ねることができなかった、俺の親友。隣国への敵対心を募らせていたアイツにも、早く会って伝えてやりたい。お前の妹は、隣国ではなく魔族の手にかかったのだと。もう、戦争を続ける理由なんてないのだと、伝えて、解放してやりたい。

 

「──出たな。もうレベル上げは必要ないっての」


 しばらく西に歩むと、小さな青色の液体が姿を現した。スライムという下等魔物で、昔は強くなるためにひたすら戦ったっけなあ……


「炎よ!!」


 でもそれはもう必要ない。試運転がてら、火力を最大でぶっ放す。一番得意な炎の魔法。スライムは火に強いけど、俺の手にかかれば一瞬で蒸発する。


 太陽みたいに膨れ上がった炎がスライムを飲み込んだ。それを見て、実感する。「引き継ぎ」は完璧だった。


 完全に、老成した時の状態。まさしく全盛期の俺だ。それが全盛期の体に宿っている。こんなの、失敗する方が難しいじゃないか!!


 どうにも顔が綻んでしまう。スキップだってしちゃうぞ。順風満帆。俺は今度こそ、取りこぼしなく世界を救ってみせる。



「──あれ?」


 少しバランスが崩れて左に体が傾く。おかしいな? そういえば外を歩くなんて久しぶり。急にスキップなんてしたから捻った?


「──え?」


 左足でバランスを取ろうとするけど、うまくいかない。力が入らず、そのまま左に倒れてしまった。まいった。ここまで鈍っているなんて思わなかった。実践前に、少し体を動かす訓練から痛い。


「はあ……はあ……」


 やっぱり……ちょっとショックだ。痛い。息まで上がっている。少し歩いただけで浅い呼吸に痛いなるなんて、ルーンが痛い見たらなんて言うか。


「ひゅー……ひゅー……」


 痛い息がうまく痛いできない痛い。体が痛い熱い。左痛い足があがら痛いない。震えが痛い痛い痛い痛い痛い。


「──なん……っで……!」


 足下を赤。痛い痛い痛い赤色。


 左足が赤。ないないない。空っぽの赤。



 ──なんで、足が、無い?



 無視して進んだ土煙。そこからベチャベチャと音がする。汚い水音。ぬちゃぬちゃぐちゃぐちゃ。迫ってくるのが、わかる。


「──いや、だ」


 傷はそのままで、体を引きずって逃げる。追いかけてくるのは誰? 俺を殺せるだけの何か?


「いやだ」


 振り返って見てみると、そこにいたのは何でもない。ただのスライム。


 無傷で、俺を見続けるスライム。目なんてついてないのに、俺にはしっかりそうだとわかった。


「いやだ嫌だ」


 スライムは体を変形させて、無数の触手を生み出す──知らない。あんなことができるスライムなんて知らない聞いたことがない。


「ひっ」


 それが一斉に、俺の転がっていた地面に突き刺さる。刺さった瞬間、地面はひび割れて砕けた。内部でさらに枝分かれでもしたのだろうか? 


 返って頭が冷静になる。落ち着け。ただのスライムだ。俺の魔法があれば、一体くらいなら──


「ウソ……だろ……」


 俺の周囲、ぐるりと逃げ場なく隙間なく、スライムが取り囲んでいる。あり得ない。村の近くに、こんなに魔物はいなかったじゃないか!! 


「は、はは」


 死ぬ。生き返ってすぐ。次はどうなるかな? もうポイントはもらえない? 説明不足だから、詐欺じゃない? スライムは炎に強い。


 死んだ。触手、その先端にはぐるぐる回る水のチェーンソー。最初の一匹が真っ先に食おうと動き出す。スライムは何に弱かったっけ?


「はっ、あはははははははははははははは!!」


 生き返るべきじゃなかったのかな? 欲張るべきじゃなかったのかな? 俺はやっぱり、平和に生きてたらよかったの? 教えてよ、ルーン。


 死にたくない。こんな感情は久しぶりに感じる。死んだ時にも感じなかった。前の人生では、結局一度も感じなかった。


 そうだ、思い出した。



「──雷よ」



 スライムは、雷に弱い。自分の周囲、一瞬で焦げ付かせる雷を放出する。スライムは逃げることもできず蒸発する。ざまあみろ、俺の勝ちだ。


 ああ、でもどうしよう。血を流しすぎたみたいだ。目が霞む。痛みも遠い。耳も、聞こえなくなってきた。


「──ルーン」


 一言だけ残して、揺れる地面を感じながら俺は意識を手放した。



    ◇



「──イ! ──フェイ、し──!!」


「……ぅ……あ……」


「フェイ!!」


 意識が戻ったが、状況がよくわからない。俺もルーンも、あの頃の姿のまま。時間なんて経過していないみたいにそのまんまだ。俺は、死んだんじゃなかったのか?


「無茶しないでよ……死んじゃうかと思った……」


「もしかして、ルーンが助けてくれた……の?」


「……うん。ごめんね、やっぱり心配だったの。こっそりついていくつもりだった。そしたらあなた、足を切られて倒れてたから」


 そうだ、忘れていた。足、左足。スライムに切られた足は。


「治って……る」


「下手に手を出さなかったから、綺麗に残ってたみたい。おかげで私でもくっつけられたよ」


 そうか。正直生きてたとしても足は諦めてたから、ちょっと得した気分──


 ──ちょっと待て。くっつけた? 足を? ルーンが? どうやって?


「ほんと昔から無茶ばっかり。おかげで魔法が得意になったけど」 


 それは前と変わらない。俺を心配したルーンは魔法を学んだ。才能があって、どんどん強くなった。回復だってできていたさ。


 でも、切断された足をくっつけるなんて神業、一体誰ができたっていうんだ?


 いや、そもそもおかしいだろ。足が斬られたことを、今の今まで恐れた様子があったか? 当たり前みたいに治療して? 当たり前みたいにくっつけた?


 ──そんなこと、今の俺でもできやしないのに?


「……こんなこと言うのは嫌だけど。フェイ、あなたはやっぱり来ちゃダメ。スライムなんかに手間取ってたら、きっと死んじゃう」


「いや、あれはやばいやつだったんだ……言い訳みたいだけど、触手伸ばしたり、剣にしたり……」


「何言ってるの?」


 それはそうだ。俺もこの目で見なければ想像だにしない状況だった。ただの村娘であるルーンなら尚更



「──そんなの、普通のスライムじゃない?」



「は……?」



    ◇



 おかしい。おかしいおかしいおかしい。何かがおかしい。全部、あり得ない。


 歴史も同じ。人間も同じ。人格も、行動だって、何一つ違わない。なのに。


 ──強さが、段違いになっている。


 スライムは凶暴性と攻撃手段が変わっている。村の人間に聞いたが、誰も不思議に思っていなかった。俺は、死にかけたのだというのに。


 ルーンだけじゃない。村中の人間が、強くなっている。そんなスライムを恐れることなく活動できるほどに。


 でも解せないのはそこじゃなかった。みんな強い。それは認める。だけど、決して、俺には及ばないんだ。自慢とか傲慢とかじゃなく、それは絶対に。


 それなのに炎は微塵も効果がなかった。考えて見たけど、一つしか理由は浮かばない。


「耐性が、強化されてる……のか?」


 弱点の雷は、一切減衰することなく奴等を滅ぼした。魔法が効かないってわけじゃないんだと思う。やっぱり、弱点以外を強く拒絶しているんだ。


 どうしてそうなった? 何が奴らをそこまで……あ──



『──蝶の羽ばたきは、時として嵐を巻き起こす、などと言われております。何卒、お忘れなきように』



 輪廻の前、奴がそう言ってたっけ……羽ばたきってのが、俺のこと? 俺が、『引き継ぎ』をしたから?



 ──ふざけんな! それじゃあ意味ないじゃないか! 何のために、俺が何のために!!


 

「皆のもの! 国王陛下のお越しだ!」


 !! しまった、時間のことを忘れていた!! あのまま、ほとんど丸一日眠ってたのか、俺は! 


 走って向かう。記憶が確かなら、シュバルツも来ているはず。アイツなら話が分かる! 妹のことを使うみたいで気分が悪いけど、ごめん!



「それで。召集に応えるのは、誰だ」


 村の入り口、柵に空いた穴。懐かしい顔。長く美しい黒髪を、先の方で軽く束ねている。この頃はまだ鋭い目つきだが、笑えば幼さが残る顔。金色の瞳が、遠くからでも美しく輝いているとわかる。身に包むのは厳かな衣装。昔、こっそり教えてくれたっけ。あんなの着たくなかった、って。


「はい、私が……」

「俺も! いくぞ!!」


「フェイ! だめよ、あなたはきちゃダメなの! すみません、彼はまだ戦うことも……」


 言わせない。二人引き連れていくのは規則に反する。でも、シュバルツならわかってくれるはずなんだ。


「シュバルツ!! 君の妹は──」


「──殺せ。無礼者め。私を誰と心得る」


 ……え……ちが、う……アイツはそんな目をしない。例え王に対する口の聞き方じゃなかったとしても、笑って許せる人間だった。城下の人々に、笑顔で対応してたのはお前だったじゃないか──


「申し訳ありません! 記憶が混濁しているようなのです。私が今回の召集に応じます。私、だけが」


 させない。そんな寂しそうなキミを行かせるなんて、二度とごめんだ──!



「君の妹は! 魔族にやられたんだ! 隣国の、他国の仕業じゃない!!」


 何とかして証明する必要がある。でも、アイツならこれで通じるはずなんだ。


「──お前、名前は」

「フェイリーン。フェイで構わない」


 通じた……! これで変わる……未来も……結末も……!!




「妹は俺の目の前で殺された。間違いない。あれは隣国、ワイズールの王だ。妹は、人間に殺された」


「……え」


「なるほど、頭がおかしくなっているというのは事実らしい。数々の狼藉も、見逃してやろう。気分が悪いを通り越して、甚だ不快だ。触れることすら気色悪い」


 違う……そんなわけない……俺たちは、仇にあって、仇を討ったんだ……何で、何でだよ……何でそんなところまで変わるんだ……!!



「──フェイ」

「ルー、ン……俺、俺は……」


 行かないで……一人で行かないでよ……俺を、また……


「さよなら。もう会うことはないでしょう」


 ──一人に、しないでよ。



    ◇



 この世界は、俺の常識が通用しないらしい。


 人の強さだけでなく、そのバックボーンまで。どこか、恣意を感じるほどに、俺に厳しい世界になっているみたいだ。俺も同じだよ、シュバルツ。怒りを通り越して、もう、何も感じない。


 ルーンも行ってしまった。きっと、嫌われた。最愛の友にも軽蔑されて、俺はひとりぼっち。将来得るはずだった絆も何処へやら。


 仕方ないかなあ。ダメ元だったわけだし。「引き継い」でどうなるか見たかっただけだし。その結末がこれなら、それはそれで仕方ない。

 初めの願い通り平和に暮らそう。幸いこれからの知識や将来発明される武器なんかも知ってるし、それで小銭を稼いでのんびり暮らそう。初めから、そうしてればよかったんだ。




 ──じゃあ何で、俺は「やり直し」なんか選んだんだろう。




 妻と、ルーンと、もっと長い時間を過ごしたかった。俺を置いて先立って、寂しかったんだ。

 

 親友と、シュバルツと、最後まで酒を酌み交わしたかった。墓じゃなくて、本物のお前と。


 殺さなきゃいけなかった、そんなアイツを、本当は救ってみたかったんだ。しがらみも因縁も無しにして、平和な世界にしたかったのに。



 悔しい。悔しいよ。強くなったっていうのに、結局みんな溢れていく。欲張ったせい? 全部なんて欲張ったから、神様は俺を許さなかったの?


 

「フェイ? もう遅いわよ……ルーンちゃんのこと、辛いのは分かるけど」


「大丈夫、母さん。少し、風に当たってくるだけだから」



 考えは纏まらない。ずるずると村の外まで来てしまった。やたら明るいと思っていたが、周囲には月光を浴びて光を放つ、真っ白な雪月花が植えられていた。多分、ルーンの仕業だな。アイツは花が好きだったから。だから俺も花が好きになったんだ。終ぞ、お前には言ってやれなかったけど、俺はお前の育てる花が好きだったんだよ。


 せめてそれくらいは言うべきだったかな。急ぎすぎたのかもしれない。シュバルツも、性根は変わってなかったのかもしれない。変わったのも実は、俺だけだったのかもしれない。


 ふらふらと歩いているうちに、南にある森の近くまで来てしまった。ここも、何か変わっているのかな。気づけば、重厚な毛皮を見にまとい、背中に翼を生やした獅子──キマイラの群れ。いないはずの魔獣だけど、そいつらがいた。

 多分スライムと同じだろう。キマイラは夜風に乗って木々を縫う。アイツらの弱点は何だったかな? 移動の余波が木々を倒し、俺の肌に切り傷ができる。最後に戦ったのはずいぶん前のこと。弱点なんて気にしなくて良くなった頃だから、すっかり忘れちゃった。まあ、もういいか。


 目の前には大口を開けたキマイラが。食いちぎるなら頭がいいな。何も考えなくて済む。ばっくり一撃、それがいい。最後の光景にしては風情がないのだけど、昼間のことは忘れられそうだ。


 そして俺の人生は。



「──あ、れ」


「死んじゃ、だめだよ」


 

 終わるはずだったのに。終わらせようと思ってたのに。誰が、助けてくれなんて頼んだよ。


 罵声をかけようと口を開いたのだけど、その思いは行き場を無くした。口が開いて塞がらないとは、まさにこのことだ。


 短い青髪の少女。小柄で鞄を背負うこともできなさそうな、ボロ切れみたいな服を着た幼い少女。信じられないだろうが、キマイラを屠ったのは彼女らしい。でも俺は、そう信じられる。


「せっかく人に囲まれてるのに。もったいないよ」


 出会うのがもう少し早ければと、何度思っただろうか。罪を犯す前にと願っても、時間は巻き戻らなかった。まさか、こんな近くにいたなんて。


「──ファフニール」


「? わたしの、こと? ──ありがとう、名前をくれて」


 まだなんだ。この子はまだ、人間を憎んでいない。世界を滅ぼす魔王になんて、なる前の彼女。


「誰もわたしを愛さないから。仕方ないんだ。嬉しかったよ、怖がらないでくれて」


 何で、やり直しなんて選んだんだろう。手を出すべきではなかったのかな? 違う人生を、辿るべきだったのかな?



「──待、って」


 

 それは、違う。彼女には間に合った。一人、救えるようになった。


 蝶の羽ばたきが嵐を起こす? なるほど、面白い話だ。それなら俺は蝶ってことか? ちっぽけで、吹けば砕ける弱っちい雑魚。


 なあ神様。今、俺のこと見て笑ってんだろ。無駄なやり直し。俺に不利に弄って、頭抱えてんの見て笑ってんだろ? 



 ──ざけんな。そうはさせるか。俺はお前の、思い通りになんかなってやるもんか。



「待って、ニール。君がよければ、だけど」


 変えてやるよ。まずは全部元通りにして、一切合切帳尻合わせて。


「俺と、一緒に行かないか」



 これで、俺の全く知らない世界に変わる。歴史は巻き戻らないで、真っ直ぐあたらしい世界に進む。どうせ死んで輪廻するなら、死んだつもりで抗ってやるよ。


 

 彼女の小さな手が、差し出した俺の右手に触れる。何だ、やっぱり暖かいんじゃないか。


 

 蝶の羽ばたきが嵐を起こす。でも、俺は蝶になんかなってやらない。



 俺を誰だと思ってる。世界の全てを手に入れたんだ。


 扱えない武器はない。放てない魔法はない。作れない武具はないし、俺に勝てる存在は世界のどこにもいなくなった。


 数100年続いていた戦争も、俺の手にかかればちょちょいのちょいで解決できる。実際、この手でやってみせたとも。


 ただまあ、あの頃は。全部俺に都合がよかった。何も知らない若いガキでも、なんとかできるくらいのイージーモード。



 引き継ぎあり。クリアボーナス込み。それで何とかクリアできるかできないか。今、俺が進むのはそんな世界。



 絶対に、クリアしてみせる。この最高難易度(ルナティック)な神の悪戯を。




ファイアーエムブレムの新作発表を受けてやり直していた時に、ふと思いつき書き溜めてきた作品です。もしかしたら、彼らにとってのニューゲームはこんな感じだったり?

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