目覚め
「どうか信じて下さい! セツナさんたちは悪くありません! 私が、私のせいなんです」
アンは懸命に訴えかけている。セツナによって明らかにされた真実の全てを話し終えても大人たちは怪訝な表情だ。
「アン。彼らの言葉を簡単に信用してはいけない。確かに魔剣に精通しているふうだったが、彼らが殺害を偽装した可能性が無くなるわけではないんだ」
そう優しく諭すのは体ばかり大きいが気の弱そうな顔の男だった。名はヴァンといい、ウェルナコールの夫である。肩を抱く彼の胴に寄り掛かるようにウェルナコールは立って、周囲同様にアンの話を信じられないふうである。
「お母さまなら分かるでしょう? あなたは確実に殺意を持ってバリーさんを殺しました。でもそれは、私の殺意。お母さまは何も悪くはありません!」
「私、は……」
「君は誰も殺めていない。君はこの街の人々を守る強い人だ」
ヴァンはそう優しく囁いて、アンに毅然とした目を向けた。
「これ以上戯言を言うのはやめなさい。バリーを殺したのは彼らだ。街を混乱に陥れるのが狙いなんだ。……皆、一層冷静に動いてくれ! 捜索の範囲を広げ、家の中や大樹の天辺まで探すんだ」
「そんな! 悪いのは私で……!」
大人たちは迷いを打ち払うかのように何処かへ素早く去って行ってしまう。アンは、自分の力の及ばなさに絶望する。
頭を撫でられる感触がした。ウェルナコールが、珍しくアンの髪を撫でている。今の状況を一瞬忘れるくらいそれが嬉しくて、心に温かい陽が射した気がした。
「アン。私は、君がそのような悪い子では無いということを知っている。どうか、私たちを困らせないで」
「お母さま……」
* * *
アンが家を飛び出してから数十分が過ぎた頃。追手の声が外から再び聞こえてきた。
「妙に騒がしいですね。アンさんは説得に失敗したのでしょうか」
「ま、ウェルナコールが信じなきゃ始まらん話だからな」
魔剣たちは窓の下を眺めながら呑気に話している。アンが命を賭していることへの情けは無い。セツナは恨めしい気持ちで二人を睨んでいたが、無力な自分を棚に上げて彼らを批判することはできない。殺人の疑いが晴れなければこの街で今後の旅の物資を補給することも、大義を果たすこともできないのだから。
「どーするよ大将」
アングに振られ、セツナは返答に困った。クレーヌの期待に満ちた眼差しと目が合ってしまった。
「……戦うしかないね」
「こんな状況じゃ、しょうがないですもんね」
クレーヌがやたら元気よく言って、セツナの手を引いて外へ促す。
「さあ、行きましょう!」
「……」
一階に降り、扉を隔てて喧騒が聞こえる。この向こうには血気盛んな男たちが自分を探している。そう考えると、セツナは憂鬱な気持ちになる。突っ立っていると、クレーヌが扉を開けてしまった。
「こんにちは~」
「出て来たぞ!」
真正面から堂々と出て行って、セツナたちは瞬く間に囲まれた。簡単な武装の男たちは長物で牽制するかのように、じりじりと間合いを詰めてくる。男の一人が、額に大粒の汗を浮かべて言った。
「お前ら、投降する気か……?」
「いいえ?」
クレーヌは確認するかのように両の拳を握りしめたり広げたりする。人間は殺してくれるなよ、とセツナは思う。
「逃げるのが性に合わないだけですので……♡」
クレーヌは生粋の戦闘狂である。魔剣にも様々な人格があり、性格がある。セツナがこれまで見て来た中で、クレーヌは最も凶暴な魔剣だった。ただ、普段は気品のある令嬢の面をして暴力性は隠されているのだが。
十人の男たちをのすのに十秒もかからなかった。一応息はあるようだ。普通の人間は殺さないという調伏時の口約束をちゃんと守ってくれているのだ。そこはありがたい。残りの男たちは力量の差を知って、どうすることもできない。
「さあ、次の方、遠慮しないでいいんですよ。やりましょうよ」
「……」
じりじりと距離を詰めていくのがクレーヌのほうになってきて、男たちが今にも逃げ出しそうな雰囲気を醸し始めたその時、鋭く、凛々しい声が空気を貫く。
「か弱き我が同胞を虐めるのはやめていただこうか」
魔剣ウェルナコール。突き刺すような視線が、セツナのものとぶつかりあう。ウェルナコールのあとをついてきた者達の中にアンの姿を発見して、セツナは苦い顔をした。
「君たちの目的はなんだ。何故私に罪を被せようとする」
「や、本当のところはアンちゃんに話した通りなんだけどね」
飄々とセツナが返すと、ウェルナコールは無言で剣を抜いた。分厚い、骨まで断ち切りそうな剣だ。
「悪いが、反逆者を生かしておく道理はこの街に無い。斬らせてもらう」
ウェルナコールは低く剣を構えた。武器を使う魔剣は一定数いれど、人の技術を会得した個体は見たことがない。ウェルナコールはおそらく、人の剣術に熟達している。これは苦戦するかもしれない。
「セツナ」
「分かってる」
クレーヌがセツナの傍に寄ってきて、心配気な声を出した。アングもいつの間にか、セツナの傍にいる。二人の魔剣でセツナを挟むように立っている。
「何を……?」
「“目覚めよ”」
三人が目を閉じている。その奇妙な光景をウェルナコールや男たちや街の人々は見つめている。
「“クレーヌ・ドーユェ”“アンガルク”」
二人の魔剣の体が淡く、そして強烈に白く輝き始める。パーツが識別できないほどの白光になり、やがて二人のシルエットは小さく、細くなっていく。
それは地面に突き立てられた剣の形をとっていた。セツナはそれらを握りしめ、引き抜く。
「さて。行くよ二人とも」
次の瞬間にセツナは消えていた。少なくとも町民の目にはそう映った。
人体ではありえない脚力による地を滑るような跳躍で、一息にウェルナコールへと迫った。
「さようなら」
白く上品な直剣が、ウェルナコールの鼻っ面に叩き込まれる。