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全部滅ぼしてね、セツナ  作者: 245
殺す気なんて無かった
3/15

人として生きる魔剣

 翌朝。セツナは昨晩何も食べず早くに寝たのだが、大して腹は減っていない。ひもじい旅生活のせいで体はすっかり空腹に慣れきってしまっていたのだ。


「おはよう……」

「おはようございます。セツナ」


 テントからセツナが這い出ると、肌を刺すような早朝の冷たい空気の中、眠気など微塵も感じさせないような顔のクレーヌと、それとは対照的に虚ろな目をしたアングがいた。


「見張りありがとね」

「おう……」


 アングは小さく口の中で呟くと、セツナと入れ替わるようにのそのそとテントの中へ入っていった。これから彼は眠るつもりだ。


「それでセツナ。これからどうしましょうか?」

「うーん。街に戻りたいのは山々だけどあのノリだからなあ……。しばらく探ってみようか」

「はい」


 クレーヌは人懐っこく笑って、セツナの隣に腰掛け頬ずりした。クレーヌのさらさらとした金髪が肌を撫でる。


「くすぐったいよ」

「すみません。でも……いいでしょう?」

「別にいいけどさあ」


 セツナは明らかに乗り気でない顔をしているが、そんなことはお構いなしにクレーヌは頬どころか、犬の如く体全体を擦り付けにかかる。クレーヌの白い柔肌からは甘いリラの香りさえした。


「ねぇねぇなんでそんな良い匂いするのぉ」

「なんででしょうねえ」

 

 反吐が出るほど呑気な声を出すセツナをクレーヌはやがて抱きしめるようにもたれ掛かる。遥か天空から差す木漏れ日たちに照らされ、仲睦まじく寄り添う二人の少女の姿はなんというか華やかで、健康的である。もしも見る者などいればじっと凝視してしまうだろう。


 穏やかな時間は唐突に終わる。


「! アング!」


 クレーヌが立ち上がって叫ぶ。すかさずテントが大きく揺れた。

 そしてセツナの見やる方向、二十メートルほど離れた大樹の陰から長身の男が飛び出てくる。殺意に満ちた獰猛な瞳。経験上、セツナ達はその男が野良の魔剣であることを即座に感じ取った。


「ったく寝かせろよ……!」


 テントから素早く飛び出したアングはまるで初めから敵の位置が分かっていたかのような身のこなしで野良魔剣に迫り、みぞおち目掛けて素早く掌底を食らわせる。野良魔剣がよろめいた隙に、その顎を強烈なフックで打ち砕いた。


「グッ……」


 野良魔剣はくぐもった音を喉の音から漏らして、たたらを踏んでアングから距離をとろうとする。だが彼がそれを逃がす筈もなかった。低く構えたまま懐に飛び込む。次の瞬間にはアングの右の揃えた指が野良魔剣の胸部あたりを深々と貫いていた。真っ赤に染まったアングの右腕が野良魔剣から生える枝のよう。

 アングが腕を引き抜くや野良魔剣は声も発さずに倒れた。そして眩く白い輝きを放つと、中ほどで真っ二つに割れた無残な姿の直剣へと姿を変えていた。


「ナイス!」

「お疲れ様です。アング」

「……寝る」


 アングは恨めしそうにクレーヌを睨みつけると、打って変わってふらふらとした足取りでテントへと戻っていく。クレーヌは戦闘中からずっと人の良い笑みを浮かべている。


「ブラボー。調伏師の名は伊達ではないな」


 不意に現れたその長身の女にセツナたちは動揺を隠せなかった。鎧を見に纏い、その女はセツナたちと五メートルもない大樹の傍に立っていた。だが動揺はそれのせいだけではない。この特殊な気配を何故今に至るまで気がつかなかったのか。


「……あなたは?」


 セツナは冷静に口でこそそう聞いたが、大体の見当はついていた。無論、クレーヌにも。

 女はため息が出るほど美しい所作でお辞儀をして、濃紺の騎士服の裾が緩やかに揺れた。


「私はウェルナコール。レイフォンの街で議員を務めている。テントで息を押し殺しいつでも私を殺しにかかれるようにしている彼と同じ、魔剣さ」

「……」


 テントの中から出てきたアングはばつの悪そうな顔をしていた。


「そして、そちらの麗しき御令嬢も」

「……ま、別に隠すことじゃないですしね」


 クレーヌは肩をすくめて言った。いつの間にか、レイフォンに続く大樹から数人の人間が下りてこちらへ集まってくる。

 その騎士風の女――魔剣ウェルナコールがただ者でないことは魔剣でないセツナにも感じられる。


「追い出した旅人たちに何か用ですかね」

「いやすまない、今街は敏感な時期でな。あれは彼なりの危機意識から来るものだったのだ」


 ウェルナコールがそう言うと、傍らに立つ、つい昨日セツナ達を追い出した男が即座に頭を下げた。


「すまなかった」

「いや別にそんな。こちらこそ怪しいのにスンマセン……」


 相手方が思いのほか下手に出たので、セツナの気勢は削がれてしまった。セツナは小心者である。


「それで、私達に何か用事が?」

「君たちを街に招待しようと思ってね。今後の旅には何かと入用だろう?」


 ウェルナコールは何を企んでいるか分からないことは少し気がかりだが、実際セツナたちは食料等を買い込んでおきたい状況下にあるため、入れるものなら入っておきたい。


「そりゃ魅力的な提案だけど、いいの? こーんなよそ者なんか中に入れて」

「構わないよ。と言いたいところだが勿論市民への体裁が必要だ。そこで、君たちの腕を見込んで頼む。野良魔剣討伐を手伝ってくれないか?」


 ウェルナコールは腕組みし、綺麗な眉尻を下げて困った顔をして言う。


「実はこの森では少なくない数の野良魔剣が徒党を組んでいるんだ。奴らが本格的に街を襲いに来る前に集団を潰しておきたい。だが街に魔剣は私一人だ。そこで調伏師たる君たちの力を借りたいというわけさ」


 野良の魔剣が集団で行動するケースは少なくない。基本的に野良は憎悪に支配され人類を抹殺することしか考えていないが、中には集団で動いたほうが効率よく殺戮ができると気づく個体がいるのだ。

 ウェルナコールの言いぶりからして、街には有用な自衛手段が少ないのだろう。セツナたちのように魔剣と戦える存在は貴重だろう。


「セツナ。当然返事はイエス、ですよねっ」

「だね。断る理由もないし。引き受けましょー」

「有難う。それでは街へ戻ろうか。準備を終え次第出発したいのでね」


 ウェルナコールは身を翻し街に上る大樹のほうへと歩いていき、周囲の人々もそれに従う。

 セツナ達も手早くテントを片付けて彼らについていく。

 階段の設えられた中央部に近い正門のほうでなく、昨日セツナたちがアンの家に連れて行ってもらった時に通った大樹から街へ入るようだ。


「お母さま!」

「やあ、アン」


 一本しかない梯子を大勢で上りきると、アンが細長の家から飛び出してきた。年相応に甘えるかのように、ウェルナコールに抱き着いた。


「え、お母様なんですか?」


 クレーヌが素でそう聞くと、ウェルナコールは苦笑して首を振った。


「いいや。当然血は繋がっていないよ。だが私はこの子の母親だ」


 魔剣が義理の母となる。セツナたちには衝撃だった。そして、セツナにだけはその事実が重しとなる。これ以上の詮索はよそうと、あえてセツナは何も言わなかった。


「またね、アン」

「はい、お母さま!」


 アンの家を去りながらセツナは考える。この家にウェルナコールも住んでいるのだろうか? 昨日見た限りでは広さや家具が一人分のようにしか思えなかったが。到来する疑問が何の役にも立たないことに気づき、セツナは即座に思考を振り払う。


「あの子は生まれたばかりの時、魔剣に両親を殺されている。私が彼女と出会ったのは数年前だが、それから親子になったというわけさ」

「へぇ……」


 セツナの気を知ってか知らずか、ウェルナコールは物悲し気な顔で言った。セツナは身の丈話に付き合わぬよう横槍を入れる。


「あー、それで、調伏師の人はどこに?」

「ああ。私は魔剣だが、調伏されているわけでは無いんだ。どういうわけか、気が付くと私の心は揺らぎの無い水面のように静かだった」


 今度の衝撃は先ほどの比では無かった。調伏されていないとはどういうことだ。セツナたち三人が同様の表情でもしていたか、ウェルナコールは不思議そうに尋ねる。


「私のような魔剣は珍しいものなのか?」

「うーん。相当珍しいね、調伏されていないとなると。野良であなたみたいに理知的に振る舞う個体は見たことないよ」


 ウェルナコールは自身を調伏されていない魔剣、つまり野良魔剣の状態であるという。そんなはずがない、とセツナは心の内側で静かに疑っていた。魔剣は例外なく人類への憎悪と復讐心のみで動く生命体であり、人に調伏されなければ理性など無い筈だし、彼女のように流暢に話すことさえできない。


「そういうものか。よく分からないものだな」


 ウェルナコールが心底興味無さそうに言った。彼女も、街の人間もさほど気にしていないらしい。

 とにかくセツナは用心しようと思った。賢い野良魔剣が温厚なふりをしているだけかもしれない。セツナたちを抹殺するための演技かもしれない。


 だが魔剣ウェルナコールにそんな気は微塵も無いということを、セツナたちは近いうち知ることになる。

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